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第23回(2016年度) 学会賞選考委員会報告

 

2017年8月9日

【学術賞】

該当作なし

 

【奨励賞】


柴田 悠

 『子育て支援が日本を救う 政策効果の統計分析』勁草書房、 2016 年 6 月。

 

学会賞選考委員会

岩永理恵、榎一江、大沢真知子、岡本英男、廣澤孝之(委員長)、枡田大和彦、森川美絵

 

1.選考経過

 2016 年 10 月の幹事会で上記 7 名が選考委員に委嘱され、選考作業を開始するための委員会を 10 月 15 日に同志社大学今出川キャンパスで開催した。委員の互選により廣澤孝之を委員長に選出した後、選考の対象とする著作の範囲、選考方法、会員への周知方法などについて協議した。2016 年 12月 13 日付の Newsletter において、学会賞候補作の推薦(自薦・他薦)についてのお願いを会員向けに公示した。

 第 1 回選考委員会を 2017 年 1 月 23 日に日本女子大学目白キャンパスで開催した。会員から自薦・他薦された著作に加えて、会員の著作と思われるリストを database より検索し整理したうえで、第一次審査として第二次選考の対象とする著作の絞り込みを慎重に行っていった。その結果、10 著作を第二次審査の対象とすることを決定した。

 2 月 24 日に第 2 回選考委員会を日本女子大学目白キャンパスで開催した。第二次審査の対象とした 10 著作のなかから、学会賞として広く推薦・表彰するに値する研究内容や新しい視点を含んでいるか、今後の活躍が期待されるかなどを総合的に検討し、最終選考の対象として 3 著作を選出した。

 第 3 回選考委員会を 4 月 15 日に法政大学市ヶ谷キャンパスで開催した。最終選考の対象となった 3 著作に対して選考委員全員がそれぞれの視点から講評を述べ、学術賞・奨励賞の対象に相応しい研究水準に達しているかについて、かなり詳細な検討を行なったうえ、奨励賞として上記の 1 著作を選定することに決定した。

 

2.選考理由

 柴田悠『子育て支援が日本を救う 政策効果の統計分析』勁草書房、2016 年 6 月。

 この著作において著者は、日本においては「社会保障の政策効果」の分析はまだ不十分であると指摘し、「経済成長率」「労働生産性」「出生率」「子どもの貧困率」「自殺率」などさまざまな社会指標に対して、子育て支援の諸政策がどのように影響するかを統計的に分析することを目標に、具体的な政策手段が及ぼす政策効果の因果関係について論証している。

 統計分析は専門的かつ難解になりがちであるが、第 2 章の「使用データと分析方法」についても丁寧な説明がなされており、多くの人に開かれた議論が可能となる工夫がなされている。また論証に使用した OECD 統計など国際データは、誰もが入手可能なものであり、学術的な検証可能性・再現性も確保されている。さらに政策効果の因果関係を提示し、財政規模の予測にまで踏み込んだ検討をすることで、具体的な政策選択について、財政面を含めた実現可能性や優先度の検討を可能にしようとしている。そうした意味で、著者が意図する政治的立場を超えたエビデンスベーストな政策論に向けた手堅い「参考資料」の提供という課題は、かなりの程度実現していると評価することができる。

 一方で本書における考察には、いくつかの問題点や残された課題も存在する。第一に、統計分析の手法の限界から、分析の視点が短期的なものに限定されていて、子育て支援という長期的な視点からも考慮すべき政策領域に対する分析としては物足りなさを感じる点。第二に、研究の前提となる説明、たとえば中長期的な日本経済の推移に対する考察は手薄で、景気変動や雇用政策などに対する見方に偏りが見られる点。その他のテーマに関しても仮説的・主観的な叙述が多く見られる点。第三に、著者が主張するように、日本が本格的に子育て支援に公費を投入すべき時期に来ていることは明らかであるが、なぜ日本は OECD 諸国のなかで子育て支援に大きく後れを取ってきたのかなどを考えたときに、国際比較データの分析だけでは日本社会の政策課題の特殊性が見えてこないのではないかという点。たとえば日本では女性の労働力率の増加が生産性の向上に結びついてこなかったとされるが、その問題の克服には子育て支援だけでなく別の政策課題が枢要な論点として存在するのではないか。第四に、著者が現実的な財源確保の方法として提言する「小規模ミックス財源」は、従来の政治学の蓄積を考えると、もっとも政治的抵抗力を受けやすく、およそ合理的でない歪な形に制度改変される可能性がある点。このように、本書は、明確な主張を繰り広げた裏返しとして、従来の研究蓄積や争点に対する目配りが不十分に感じられる面が少なくない。

 以上指摘してきたいくつかの課題や問題点にもかかわらず、著者の本書での分析は首尾一貫しており、その明晰な論証は一定の説得力を持ち、本学会員の研究に大きな刺激を与えるものと評価できる。結論として選考委員会は、本書が政策提言をめぐって意義ある論争を巻き起こすインパクトを持った問題提起の著作として、奨励賞を授与するに値するものと判断した。著者が今後も社会政策の分野で幅広く活躍することを期待したい。

 最後に、今回受賞には至らなかったが、最終選考の対象とした著作について、簡潔に講評を記しておく。

 渡辺あさみ『時間を取り戻す 長時間労働を変える人事労務管理』旬報社、2016 年 3 月は、1990 年代以降の主としてホワイトカラー労働者の長時間労働の実態解明とその克服の試みを論じた著作である。時宜を得た研究テーマであり、人事労務管理のフレキシブル化への対抗力の必要性を説く論旨には大いに説得力がある。しかし、全体的に先行研究に依拠した部分が大きく、事例研究が 1 社にとどまるなど、研究の完成度にやや物足りなさが感じられ、残念ながら奨励賞には至らなかった。

 筒井淳也『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』光文社、2016 年 6 月は、共働き社会の実現がそれだけは社会の安定につながらず、家族主義からの離脱が必要であるとする論旨は明快であり、多くの人に読んでほしい好著である。私的領域に公正性を徹底させることの困難性の指摘や、税制と家族モデルをリンクさせる政策論などは多くの示唆を与える。ただし読みやすさを重視した一般書であるため、典拠資料等が詳細に示されていないなど、学術賞を授与するには躊躇せざるを得なかった。しかし、家族や結婚という社会政策がこれまで周辺的に論じてきたことの重要性を意識させる著作として高く評価できる。

                                                    (文責:廣澤孝之)