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第18回学会賞受賞作・選考委員会報告

 

2012年06月26日

第18回(2011年)学会賞選考報告

社会政策学会賞選考委員会

委員長   土田 武史
委 員   伍賀 一道   服部 良子   平岡 公一   森  建資

1 選考経過

 2011年10月の幹事会で上記5名の選考委員が委嘱された。

 学会賞の対象となる文献の選定にあたり、ニューズレターと学会ホームページにおいて自薦、他薦を募ったところ、それぞれ1点ずつの推薦があった。また、2011年12月末にワールドプランニングから会員名簿を取り寄せ、大型書店のデータベースを用いて2011年1月から12月までの間に刊行された会員の著書を検索し、そこから会員暦3年以上の会員の単著62点を選び、その文献リストを各委員に送付した。

 第1回選考委員会を1月31日に早稲田大学で開催した。最初に、学会の選考規程に照らして文献リストの点検を行い、単著でないもの、教科書、法令集など9点をリストから除外した。また、選考委員から新たに2点が加えられ、55点が選考対象となった。選考対象を大きく労働分野と社会保障分野に区分し、委員に割り振ったうえ、次回の選考委員会までにそれぞれの分野で候補作をリストアップし持ち寄ることとした。また、選考にあたっては学会規程と慣例に基づいて行うことを確認した。

 第2回選考員会を3月10日に早稲田大学で開催した。リストアップした55点の作品について一点ずつ審査を行い、最終選考にかける作品として8点を選考し、最終選考にかけるかどうかについてさらに検討を要するものとして7点をリストアップした。その7点の採否についてはメール等で連絡を行うこととし、次回の選考委員会までに最終候補作品の全てを各委員が精査し、受賞候補作について順位をつけて持ち寄ることとした。

 第3回選考委員会を4月14日に早稲田大学で開催した。先の選考委員会で最終選考にかけるかどうか決定していなかった7点について検討を行い、4点を対象から除くこととした。最終選考に残った11点について検討した結果、学術賞については該当なし、奨励賞として2つの著書を選考した。

2 選考理由

 奨励賞の2点についての選考理由は以下の通りである。

 岩永理恵『生活保護は最低生活をどう構想したか-保護基準と実施要領の歴史分析』(ミネルヴァ書房)は、生活保護制度の目的がいかにして実現されてきたのかを明らかにするという視点から、保護基準と実施要領を歴史的に分析し、その変遷を検証したものである。「あらかじめストーリーを描き、そのストーリーにあわせて資料を読み込むのではなく」、「できる限り一次史料にあたり、より事実に即して」制度の歴史的検証を行うという方法で、生活保護専門分科会資料や木村文書史資料その他の膨大な資料を駆使しながら、ほぼ10年ごとの時期区分にしたがって保護基準をめぐる政策形成の展開を詳細に分析している。制度のあり方を基本から見直すうえで重要なテーマでありながら、先行研究がほとんどなく、本書はこの空白を埋めるものとして高く評価される。

 こうした歴史分析による本書の重要な貢献のひとつは、「生活保護が抱える問題の根源は、最低生活概念の狭さと不明さに」あると指摘し、そこでは「生活保護が保障すべき最低生活について『栄養充足』を保障するという一貫した価値観が保たれてきた」ことを明らかにしたことであり、生活保護制度における貧困概念の実態を捉えたものといえる。また、「生活保護の政策形成において『行政運用上の行政的判断』が支配的な決定力をもってきたことを」明らかにしたことも重要な貢献であり、行政過程に立ち入っていかない限り、生活保護制度の歴史的展開を十分に分析できないことを説得的に展開している。

 このように本書は一貫して上記のような政策形成に焦点をあわせた歴史分析を行っているが、やや残念に思われるのは、そうした分析から貧困政策の現状を打破していく糸口が明確にみえてこないことである。1990年代以降の考察において、生活保護制度が直面する新しい生活困窮者であるホームレスや母子家庭への対応を論ずる際に、栄養充足保障を核とする最低生活保障の原理を論ずるだけでは説明が困難ではなかろうか。徹底して政策形成分析に焦点をあわせて論じているが、やはり社会経済状況の変化への言及が欲しい。また、世帯、とりわけ家族や人口の変容、実施機関としての自治体の役割などについても、もう少し掘り下げた分析が望まれるところである。「貧困政策の歴史は必ずしも発展しているのではないことを踏まえ、よりましな貧困政策を構想すること」を意図した本書においては、「よりましな貧困政策」の構想の提示には至っていないように思われる。今後の研究に期待したい。

 李蓮花『東アジアにおける後発近代化と社会政策―韓国と台湾の医療保険政策』(ミネルヴァ書房)は、東アジアの社会政策を工業化と民主化の相互作用のなかで捉える政治経済的視点と、工業化と民主化の歴史性を重視する視点に立って、韓国と台湾の医療保険政策を検討し、東アジアの社会政策全般を国際比較的に特徴づけることを試みた意欲的な作品である。

 本書は最初に、東アジア社会政策研究を東アジアの地域研究と社会政策論の交叉するところに位置するものととらえ、それらの先行研究の到達点と限界を指摘し、そこから「後発国における工業化と民主化と社会政策」という後発性に着目した分析の枠組みを提示している。先行研究の批判的検討をふまえて構築された分析の枠組みがクリアに示され、中国語、韓国語、日本語、英語における文献の渉猟も丹念に行われており、第1章は独立した論文としても高い評価に値する。

 本書の分析によると、韓国と台湾は工業化と民主化の後発性では共通しつつも、工業化(経済構造)と民主化(政治構造)のタイプの相違から医療保険制度の内容と性格の相違がもたらされたとしている。すなわち、韓国と台湾の医療保険政策の共通性は、主として導入期においては輸出志向、政府主導、圧縮的発展、成長イデオロギーなどの特性を有する「後発工業化」によって、それに続く皆保険化への移行期では、反対の自由化、平和的な政権の移行などの「民主化」によって説明でき、相違性は工業化と民主化のタイプの違いおよび初期の制度遺制によって説明できることを実証的に明らかにしている。 

 さらに、社会政策の国際比較研究を行う際の「比較の次元」の視点を導入することにより、「東アジア型社会政策」の特徴、後発によるメリット、デメリットを論理的に示し、中国を含めた日韓台中の東アジアの社会政策比較研究の可能性を示唆している。

 やや残念なこととして、具体的な政策展開の分析の部分では、政治的要因に重点をおいた分析になっており、「後発工業化」を同時に重視している後段の説明図式(解釈枠組)と若干のズレがみられることや、分析枠組みに即した事実の列挙が既存の研究に依拠しており、著者も認めているようにオリジナルなファクトファインディングに乏しいことがあげられる。また、医療保険政策については、社会保障一般の説明図式であって、医療保障ないしは医療保険に特有な要因を含むものとはなっていない。今後の研究に期待したい。

 受賞には至らなかった候補作について若干の講評を記しておきたい。

 山村りつ『精神障害者のための効果的就労支援モデルと制度-モデルに基づく制度のあり方』(ミネルヴァ書房)は、著者が実施した精神障害者とその雇用主を対象とする2つの「当事者調査」の分析を基軸に据えつつ、日本で精神障害者の一般就労を実現するための効果的就労支援モデルとして、アメリカで有効性が証明されているIPS(Individual Placement and Support)モデルを日本の状況に合わせて修正した「修正版IPSモデル」を提示し、そのモデルに沿った支援を実施していく場合の制度的課題と改善策を明らかにしたものである。精神障害者にとっての就労の意味の問い直しを出発点として、サービス給付の方法など個別的な支援法の検討からジョブコーチ事業の一元化などの政策提言に至るまで包括的な研究であり、2つの当事者調査の分析も、質的データの分析法の手順に沿って適切に行われており、若手研究者の著作として高い水準にあるものと評価できる。

 ただし、EBP(科学的根拠に基づく実践)の考え方に立脚するIPSモデルに依拠しながらも、その修正版モデルについてその効果の検証手順にはふれていないなど研究の方法・枠組みが必ずしも明確でない。調査部分についてサンプル数が少なく、対象がごく限られたケースのインタビューに基づいていることも惜しまれる。また、テクニカルタームの説明が後段に行われるなど読者にはわかりにくい論述となっており、記述が重複して冗長と思われる箇所が散見されるなど、見直しの余地があるように思われる。

 須田木綿子『対人サービスの民営化―行政・営利・非営利の境界線』(東信堂)は、介護保険の導入にともなって対人サービスがどのように変容したかを実証的に分析した作品である。対人サービスが民営化されることで、非営利組織が収益事業に進出して非営利組織と営利組織の境界があいまいになるといった海外の研究を参照して、著者は周到に理論的枠組みを作り、そのうえで東京の2つの区における対人サービスの状況を実証的に分析している。その結果、所得水準の低い地域では自費サービスが少ないために非営利組織と営利組織の違いが少なく、所得水準の高い地域では非営利組織と営利組織がそれぞれにニッチを形成して棲み分けていることが明らかになり、日本では他国のように所得水準の高い地域で非営利組織が営利組織に似てくるといったことにはならないといった新しい知見が示されている。

 本書は、社会政策における重要なテーマについて、幅広く海外の研究を吸収し、海外の経験を踏まえたうえで理論仮説を構成し、それを検証するという学術研究のあるべき手続きをしっかり行ったレベルの高い研究として評価できる。しかし、介護保険のもとで対人サービスが抱える問題点(例えば労働条件の低さがもたらす離職率の高さなど)に向き合う視点が弱く、分量的にもいささか物足りない点がある。

 小関隆志『金融によるコミュニティ・エンパワメント―貧困と社会的排除への挑戦』(ミネルヴァ書房)は、発展途上国で注目されたマイクロファイナンスが、先進国の貧困や社会的排除といった問題の解決にも寄与し得るのではないかという問題関心から、アメリカや日本での取組みを紹介し分析した意欲的な作品である。本書はアメリカにおける著者自身の調査なども踏まえ、マイクロファイナンスだけではなく、NPO融資やコミュニティ投資も含むコミュニティ開発金融について、アメリカや日本の状況を包括的に分析した研究である。アメリカで金融サービスを利用できない社会層がかなりいるなかで、社会的企業を支援するための態勢がつくられていることなどを紹介し、日本でコミュニティ投資を進めていくうえで参考になる事例の提供なども行っている。

 金融を個人の潜在能力を発揮しうる社会環境づくりに用いようという実践に注目した本書は、社会政策研究の新たな方向を示唆するものとして評価に値する。また、社会開発論とも重なる学際的なアプローチを行っているが、今後、本書の成果を踏まえて実証研究が進展していくことを期待したい。しかし、理論的分析がやや概説的なものになっていることや、「貧困と社会的排除」に重点がおかれているコミュニティビジネスと、環境コミュニティビジネス(自然エネルギーな)や有機栽培支援と一緒に論じているなど焦点が拡散しているといった問題点も指摘される。

 垣田裕介『地方都市のホームレス―実態と支援策』(法律文化社)は、地方都市におけるホームレス(野宿状態にない人びとも含む)に焦点をあてて、著者も参加した全国レベルの調査(大阪就労福祉居住問題調査研究会、2007年)および厚生労働省「自治体ホームレス対策状況調査』(2007年)の個票分析を行うとともに、大分市における野宿生活者支援活動を通した著者自身の調査(アクションリサーチ)によって、その実像に迫った研究である。従来のホームレス研究が大都市部に焦点をあてたものが多く、厚生労働省の野宿生活者に対する聞き取り調査や政策枠組みも大都市の実態を前提とする傾向があるなかで、地方都市におけるホームレスの実態を描いた意義は評価できる。支援施策や施設、民間支援団体の活動など支援資源の乏しい地方都市における野宿生活者の生活実態、野宿状態に至る経緯、借金問題の大きさ、野宿期間の長期化傾向、生活保護の適用実態などを明らかにしたこと、支援資源の整備状況によって野宿生活者の抱える問題の発現形態や脱野宿の比率および経路に差が生じることを示すとともに、地方都市のホームレス支援策の課題を示したことは評価に値する。調査研究の手法、分析・記述の進め方も手堅い。しかし、事例研究の対象がもっぱら大分市に限定され、他の地方都市の検討が十分になされていない点、理論的分析がやや概説的になっている点などが惜しまれる。

 以上のように、今回、受賞候補にのぼった作品には、研究対象あるいは研究手法において新しい研究の成果と思われるものが見られたが、ここに記載したもの以外にも橋口昌治『若者の労働運動―「働かせろ」と「働かないぞ」の社会学』(生活書院)戸室健作『ドキュメント請負労働180日』(岩波書店)堀口良一『安全第一の誕生―安全運動の社会史』(不二出版)呉学殊『労使関係のフロンティア―労働組合の羅針盤』(労働政策研究・研修機構)などにも社会政策研究の広がりがみられる。(了)