本部・事務局から

第20回(2013年)学会賞選考委員会報告

 

2014年9月7日

【学術賞】

伊藤セツ
 『クラーラ・ツェトキーン ―ジェンダー平等と反戦の生涯―』
(御茶の水書房)

 

【奨励賞】

該当なし

 

学会賞選考委員会

猪飼周平、禹宗杬(委員長)、清水耕一、宮坂順子、横田伸子

 

1.選考経過

 

2013年10月の幹事会で上記5名の選考委員が委嘱された。

今回からは、日本語だけでなく英語による著書も選考の対象とすることになり、学会ホームページとニューズレターを通して自薦・他薦を募ったが、残念ながら対象作は得られなかった。次回からは多数の推薦があることを期待する次第である。一方、通常の日本語著書に関しては、ホームページとニューズレターにおいて呼びかけたところ、1点の他薦を得ることができた。

なお、2013年12月末にワールドプランニングから会員名簿を取り寄せ、大型書店のデータベースを用いて2013年1月から12月までに刊行された会員の著書を検索し、そこから会員暦3年以上会員の単著64冊を選び、そのリストを各委員に送付した。

第1回選考委員会を2014年1月25日、埼玉大学東京ステーションカレッジにて開催した。最初に、学会の表彰規程に照らして選考基準を確認するとともに、教科書類は除外すること、当分共著も除外することなどに合意した。

この合意にしたがい、上記64冊の現物確認のうえ、明らかに一般向けで学術書でないものなど28冊を対象外とし、残りの36冊を1次審査の対象にすることとした。

これら選考対象の著書をそれぞれ2名の委員に担当を割り振り、次回の選考委員会までに各自候補作を選び、それを持ち寄ることとした。

第2回選考委員会を4月5日、埼玉大学東京ステーションカレッジにて開催した。1次審査の対象となった36冊について、担当の2名の審査所見をもとに1冊ずつ審査を行い、学術賞および奨励賞の最終選考に進むことのできる作品として、計6冊を選考した。

そして、これら審査対象の著作に関し、全員が精査のうえ、各自それぞれの著作についてコメントを作成し、次回の学術賞および奨励賞の決定に臨むこととした。

第3回選考委員会を5月10日、埼玉大学東京ステーションカレッジにて開催した。最終選考の対象となった6冊について、1冊ずつ慎重に審査を行い、学術賞および奨励賞の対象について検討した結果、学術賞として上記の1冊を選定し、奨励賞については該当なしの結論を得るにいたった。

 

2.選考理由

 

伊藤セツ 『クラーラ・ツェトキーン ―ジェンダー平等と反戦の生涯―』を学術賞として選定した理由は、次のとおりである。

本書は、マルクス主義女性解放論の主唱者の一人であるクラーラ・ツェトキーンの評伝である。

著者によれば、本書の目的は、第一に、クラーラ・ツェトキーンという人物の実像にせまることであり、第二に、「クラーラのかかわった女性運動に関する発言や著作、行動や生き方が、世界のジェンダー平等の運動や現在の日本の『男女共同参画』の実現に連なるもの、寄与するものは何であったかを考察する」ことである。

本書は、貴重な一次資料、すなわち手紙と演説・論考などクラーラ自身が残したもの、および彼女の言動を叙述した議事録や議事などのほか、多くの資料に丹念に当たり、「クラーラ・ツェトキーンという人物の実像」を復元することに成功している。

それは、一つには、クラーラ・ツェトキーンの理論・政策についてである。彼女の理論・政策を階級一元論的なものとして片づける傾向のあるなか、著者は、「性の問題」と「階級・階層の問題」という両側面から女性の具体的要求を把握し、それを運動の政策に結びつけることこそ、女性問題に対するクラーラの理論・政策の特徴であると、捉え直しているのである。復元は、二つには、クラーラ・ツェトキーンの思想形成の全体像についてである。著者は、クラーラの運動家としての側面だけでなく、少女時代から晩年にいたるまで彼女が経験・思索したことを、私的葛藤をも含めて抉り出すことを通して、一人の歴史的人物のリアリティーに迫っているのである。

本書は、「今日の現実に連なるもの、寄与するもの」に関しても、①女性運動に対する社会主義者の男性の態度の問題、②女性解放の土台としての女性の経済的自立の重視の問題、③そのためにこそ必要な女性労働者保護の問題、④女性運動における家庭的なことをどうとらえるかの問題、⑤女性を社会変革的運動に引き入れるための特別な配慮の問題、⑥現代の国際的女性運動とのつながり、とまとめており、頷ける。

こうして本書は、クラーラ・ツェトキーンの思想とその軌跡を仔細に描写しているが、クラーラという人物の実像をこれほどまでの精緻さをもって跡付けた研究は、国内外を通しても見つけがたく、その業績は高く評価しなければならない。なお、本書は、著者の50年にわたるライフワークの成果であり、一つの研究対象に対してこれほど掘り下げ続けられる研究姿勢も大いに見習うべきである。

ただし、後学として一点だけ求めるのであれば、それは、クラーラ・ツェトキーンの今日に対する示唆についてである。

うえで取り上げた六つの事項は、「クラーラがおかれたその時代的場所的背景のなか」の女性運動と、日本の現実の女性運動との間に、ある種の普遍的な問題が横たわっていることとしては理解できる。ただし、クラーラの置かれた背景と日本の現実との間に、著者の強調する、女性運動の「具体的要求」においては、どのような違いがみられるのであろうか。そして、マルクス主義女性解放論は、いまを生きているわれわれに対して、どのような功罪を残しているのであろうか。著者は、謙虚にしてこれらについて多くを語らないが、後学としてはさらなる成果を期待してやまない次第である。

 

以下、受賞作の選定にはいたらなかったが、学術賞ならびに奨励賞の最終候補となった著作についても若干講評を記すことにする。

まず、学術賞の最終候補となった、大沢真理 『生活保障のガバナンス ―ジェンダーとお金の流れで読み解く―』(有斐閣)についてである。

本書は、国際比較をふまえ、日本の生活保障システムの特徴を抉り出すとともに、そのガバナンスの推移を1980年代以前から今日にいたるまで跡付け、日本の生活保障システムの問題点と課題を明らかにしたものである。

分析の結果、日本の生活保障システムは、諸外国にみられないほど強固な「男性稼ぎ主型」であり、したがって貧困は、夫婦共稼ぎ世帯や有業のひとり親世帯などによく見られ、とくに女性にワーキング・プアが多いことが導きだされた。

日本の生活保障システムは、高い相対的貧困率、低い貧困削減率、高い地域間所得格差をもたらし、むしろ社会的排除の装置となり、逆機能していることが示されたのである。

本書が、エスピン=アンデルセンをはじめとした先行研究の丹念な検討に基づき、政府や企業、家族の目的合理的な介入(ガバニング)のみならず、生活保障を意図しない官民の相互作用をも含めて、それらの効果の総体をみる観点から、「福祉国家」の手段と考えられていないような制度や政策が、福祉国家の機能を代替する側面にも配慮するなど、より広いフレームワークの構築に積極的に取り組んでいることは高く評価できる。

なお、OECDのデータを活用して国際比較を行いつつ、日本のガバナンスの特徴を歴史に沿って丹念に検討し、今後に向けての示唆を引き出していることも、大いに評価しなければならない。

ただし、課題もあるように思われる。その一つは、「財・サービスを生産する4つの関係」をもって、従来のフレームワークに代えようとしていることである。「商品―商品」「商品―非商品」「非商品―商品」「非商品―非商品」という4つの関係自体は理解できるものの、これをもって各国の生活保障システムを類型化するところまではいたっておらず、なお日本の場合も、この4つの関係に即した分析が、今後に向けての示唆とどのように関係するのか、必ずしも明確でないことが惜しまれる。

ほかに、本書の採用する「逆システム学」が、はたして新たな知見を導出する理論枠組みとして機能し得るかや、労働組合について本書でほとんどふれられていないこと、そして、本書が全体として叙述的(descriptive)であって分析的(analytic)でないことも問題提起された。

次に、奨励賞の候補作となった、伊藤大一 『非正規雇用と労働運動 ―若年労働者の主体と抵抗―』(法律文化社)についてである。

本書は、7年にわたる実態調査に基づき、トヨタ自動車の1次サプライヤーJ社の完全子会社であるアイズミテックの請負労働者たちが、労働組合を結成して偽装請負を告発するとともに、ストライキを実施するなどして正社員化を獲得した経緯を明らかにしたものである。

本書が示している、請負労働者の労働過程、正規従業員と請負労働者が混在する労働編成、高技能の請負労働者が中心であるために彼らを正規従業員で代替できなかった特殊事情、請負労働者の労働条件や請負労働者に対する労務管理および偽装請負の実態、請負労働者組合を結成する過程と少数派正社員労働組合の支援、地域労働市場の特徴と請負労働者の社会関係資本および生活・文化などは、それ自体として貴重な学術的貢献であり、興味深い。

なお、「若年労働者の主体について考えてみたい」という著者の意図も共感できるものであり、長い年月をかけて調査を続けたことも高く評価すべきである。

ただし、問題がないわけではない。第一に、事実認識において正しくないところが散見される。たとえば、「この『二重雇用形態』、『請負と雇用の未分離状態』から戦時体制、戦後の高度成長を経て、直接雇用中心の雇用労働者が主流となっていく」(p.24)というところや、25ページ以下のトヨタの「組請負」に関する記述などがそれである。第二に、調査においてより綿密さが求められる。たとえば、アイズミテックが請負という形態を選択した理由や、偽装請負発覚後の契約社員化・正社員化への政策変更について、会社および多数派正社員労組の見解を調査できていないことは、惜しまれるところである。

なお、調査結果をもとに行論する場合、どの一次資料のどの部分を用いたのかが明確でなく、どこまでがインタビューから導き出された結論なのかが判然としないことも問題と言わざるを得ない。今後のさらなる研究成果を期待したい。

最後に、選考過程において感じられたことを少し述べさせていただきたい。今度の選考においても対象となった著作はバラエティーに富み、意欲的な作品も少なからずみられた。ただし、全般的な印象としては、その意欲とは裏腹に、あるいはその意欲のせいで、刊行が急がれているような感じを拭えなかった。もともと研究成果を競い合い、それを世に問うのは、われわれ研究を目指す者たちの本分といえよう。しかし、刊行を急ぐあまり、新たな理論の探求や精緻な実証の追究が多少なりともおろそかになることがあれば、それは慎むべきといわなければならない。少しは余裕を持って、研究と刊行に臨む必要があるように思う次第である。

 

学会賞選考委員会委員長 禹宗杬