社会政策学会第105回大会報告要旨






共通論題「現代日本の失業」要旨



座長
 石田 光男(同志社大学)
 大森 真紀(早稲田大学)


【主旨】

  わが国における雇用・失業問題が激化してきている。とりわけ近年における極めて厳しい事態の現出という背景には、以前には見い出すことができなかった社会経済的要因が激しく絡んできているように思われる。それだけに、問題の本質の見極めが非常にむつかしくなっているといえよう。思えば、かって日本経済が順調な軌道に乗りつつあったとみられた1980年代のときに、欧米の一部主要国は景気後退と高い失業率に苦しんだ。そして、そこから脱出すべく新しい社会経済システムを創出しようとしてきたことについては記憶に新しいところである。そうした努力は、今日に至ってもなお続いているといってよい。
  翻って、それではわが国はいかなる方向を追求し、今日的事態を打開しようとしているのだろうか。明らかなことは、これまでの失業対策的なものでは全く限界があるということであろう。だとすれば、いかにして従来の枠組みを超えたものを打ち出し、新たな次元に対応していくべきなのだろうか。今日、ワークシェアリング、公的就労の創出等をはじめ各種の対応策が論じられてはいるが、それらはどちらかといえば諸外国で試みら
れたものの援用といった感が強い。果たして、日本独自の政策・制度といったものを生みだせるのだろうか。
  こうした状況下で社会政策的にみてひとつ注目すべきなのは、雇用対策法等の改正で市町村も雇用対策にかかわりをもたなければならなくなった点である。これは、極めて重要である。というのも、これによって、国、都道府県といったこれまでのラインとは異なり、市町村も加えた新しい労働行政のラインが構築されることになったからである。高齢者や女性等といった地域密着型の雇用問題がこれからますます大きくなることを考えれば、市町村レベルのセーフティネットづくりはより大切となる。その意味で、現在の労働行政の大きな転換にも注意を払う必要があろう。
  いずれにしても、こうした激動期におけるわが国の失業問題への接近を通して、失業の量的、質的意味、労働市場の変質の中身、これからの労働行政の体制のあり方等といったかなり根本的な課題に迫ってみたいと考えている。



【報告】
  • 「現代日本の失業と不安定就業」   伍賀一道(金沢大学)

      今日の日本では完全失業者は360〜370万人に達し、潜在的失業を含む失業率は10%を上回っている。さまざまな携帯の不安定就業もきわだって増加している。失業状況の深刻化と並行して長期雇用システムも変容してきた。このような変化は1997〜98年以降、顕著になったが、その背景にはグローバル経済化による国際競争の激化や構造改革政策がある。
     失業対策をめぐっては「労働市場の構造改革」を主張する議論の一方で、解雇規制やワークシェアリング、さらに公的就労事業の再構築を唱える種々の議論がある。失業対策の観点から非正規雇用の積極的活用を求める議論も登場している。本報告では今日の失業および不安定就業の特徴と、それらが増加している要因を明らかにし、失業問題の解決に向けた政策的課題を検討することにしたい。


  • 「世代対立としての失業問題」    玄田有史(東京大学)

     労働市場における高齢化問題を語るとき、供給の構造変化として捉えられるのがほとんどだった。平均寿命の上昇や出生率の低下など、労働力に占める高齢者比率の高まりが、経済成長や失業などに与える効果が議論され、マイナスの影響が懸念されてきた。しかし、労働市場には、もう一つの重要な高齢化問題が存在する。企業や事業所の組織内部における就業者の人口構成に関する中高年への急速な偏向である。
     組織内部の年齢構成と雇用変動の関係について、高齢化は若年などの採用が抑制され、若年雇用が減少した結果として理解されることが常だった。それに対し本報告は、中高年化率が高い事業所では、高齢化がむしろ原因となり、その後の雇用減退を引き起こしていることを指摘する。雇用が減少するために高齢化が進んでいるだけでなく、高齢化の進展が、雇用の抑制を加速させる。その傾向は90年代末になって急速に強まり、90年代後半以降の、失業率の上昇を含む、雇用環境悪化の一因となっている。


  • 「職業能力開発からみた今後の雇用形態──多様な正社員を求めて」  久本憲夫(京都大学)

     現在いわゆる正社員が減少する一方で、非正社員就業が増えつづけている。企業で必要とされる正社員人材の量は、将来展望の大幅な下方修正や余力の著しい低下の結果、この間かなり減少してきているようにみえる。世にいう雇用形態あるいは就業形態の多様化である。それが望ましいという議論も少なくない。確かに経済原則としては甘受せざるをえない部分もあるだろう。しかし、中心的な就業形態は今後も正社員雇用であり、そうあるべきであると報告者は考える。厳しい経済状況のなかで、正社員の労働負荷の一律的きびしさを回避しつつ、良質な人材形成メカニズムを維持する方策はないのか。企業、政府、個人はそれぞれ既得権の一部を放棄すべきかもしれない。こうした困難なテーマについて、議論を展開することにしたい。


  • 「〈失業対策〉の転換と今日の完全雇用政策──失業者のhuman development視点からの政策提起」  大木一訓(日本福祉大学)

     今日の大量失業は、その規模、持続期間、悪化への趨勢、解決への政策的対応の乏しさ、などから見て、昭和恐慌時や敗戦直後にも劣らぬ深刻さをはらんでいるが、政府をはじめマスコミも「世論」も、この問題に対してあまりにも関心が薄いのではなかろうか。そこに見る倫理観・人権感覚の欠如を摘出し、その背景には何があるのかを究明する。また、戦後失業対策は、それに代えて、失業者一人ひとりの人権確立を基礎とする、human developmentの完全雇用政策として発展させる必要のあることを提起する。




    個別報告要旨




    自由論題


    T 〈雇用管理〉

    座長 山本興治(下関市立大学)

    1) 「60歳台前半層の継続雇用制度」
       冨田安信(大阪府立大学経済学部) 
     公的年金の支給開始が60歳から段階的に65歳へと引き上げられるなか、60歳台前半も働き続けることのできる職場環境を整えることは喫緊の課題である。しかしながら、60歳定年後の継続雇用を充実させる企業がある一方で、不況の長期化・深刻化のなか、それを後退させる企業も見受けられる。ここでは、企業が60歳定年後の継続雇用制度を導入するかどうか、さらに、その制度を希望者全員に適用するかどうかに影響を与える要因につ いて分析する。

    2) 「被差別部落の就業構造多様化と企業による採用管理の制度的ありようの関連
                          〜戦後から高度成長期を中心に〜」
       大西祥恵(大阪市立大学経済学研究科後期博士課程)
     被差別マイノリティは、就職の際に排除を受ける可能性がある。ところで、こうした排除は、マイノリティに対する差別として単独にみられる現象ではなく、日本で日常的に広範に行われてきた企業による雇用の際の様々な選別の一つと捉え直すことができる。本報告の目的は、被差別部落民を事例として、実際には高度成長期に多様化した就業構造と企業の雇用管理の制度的ありようの関連を明らかにすることである。



    U 〈労働・社会運動史〉

    座長 佐藤 眞(岩手大学)

    3) 「日本の高度成長期における内職の実態〜大阪府を事例として〜」
       高野 剛(大阪市立大学大学院経済学研究科・前期博士課程在籍)
     高度成長は、単に大企業やそこで働く雇用労働者だけで経済発展を遂げたわけではない。それは、内職という縁辺労働力をも活用した経済発展であったのではないだろうか。そこで、本報告では、内職という労働市場の下層部分を誰がどのようにして担っていたのかについて、その構造を明らかにする。その際、この期間の内職の規模・種類・担い手の変化や、企業や家族にとって内職がもつ役割の変化についても検討する。

    4) 「社会党改革論争と労働組合」
       岡田一郎(筑波大学大学院博士課程人文社会科学研究科)
     1958年総選挙前後から、日本社会党(社会党)内では「労組に依存した党の体質が党勢停滞を招いているのだ」という声があがり、末端の活動家たちからは党の体質改善を要求する声があがった。この党改革を要求する動きはやがて、機構改革論争・構造改革論争へとつながっていく。しかし、これらの議論はやがて、派閥抗争へと転化し、労組依存からの脱却を目指した党改革論争は、実を結ぶことはなかった。論争の軌跡を追いながら、社会党と労組の関係の再構築を目指した党改革の動きがなぜ挫折したのかを考察する。




    V 〈社会福祉〉


    座長 上掛利博(京都府立大学)

    5) 「地域におけるホームレス支援施策の構造〜カーディフ(ウェールズ)を例に〜」
       岡本祥浩(中京大学商学部)
     イギリスにおける社会政策は、地域における諸条件や環境を基盤に自立的に展開されている。ホームレス支援策もその例に漏れない。そこで本報告は、ロンドンの影響の少ないカーディフ(ウェールズ)を取り上げ、地域におけるホームレス支援の全体像を描き出し、地域の様々なアクターが密接に連携してホームレス支援を行っていることを示し、日本におけるホームレス支援策の展開に示唆を与えることを目的としている。

    6) 「ワーカーズコレクティブによる高齢者介護労働の質〜雇用労働と比較して〜」
       小林治子(龍谷大学経済学部経済学研究科博士後期過程)
     高齢者介護に取り組むワーカーズコレクティブは介護保険施行以来各地で増加してきている。本報告では、特別養護老人ホームにおいて介護労働に取り組むワーカーズをとりあげ、その介護労働の質を雇用労働者との比較において、以下の観点から論じる。その視点は、ワーカーズの属性・身分、労働の動機、介護観、専門性、利用者との関係性、ワーカーズ・コレクティブ組織の独自性が労働に及ぼす要因の6点である。

    7) 「高齢者の在宅ターミナルケア〜社会システム化の条件〜」

       嶺 学(法政大学名誉教授、法政大学大原社会問題研究所名誉研究員)
     主題がなにゆえに、社会政策論の主題となりうるのか、なるとすれば、どのような視角においてか、序論的に論じたうえ、がんの場合のホスピスケアのほぼ社会的に合意された基準が、基本的に高齢者にもあてはまるが、ターミナル期の判断など、特有の問題があることを明かにする。ターミナルケアを、生活の質を保ちつつ、尊厳をもって生を生ききるためのケアと規定し、在宅でそれを希望し実現できる社会的条件について考察する。



    W 〈社会保障〉

    座長 菅沼 隆(立教大学)

    8) 「国民皆年金体制の形成過程:日本型「ワークフェア」についての史的考察」
       大竹晴佳(一橋大学大学院社会学研究科博士課程)
     福祉国家研究は、社会保障水準の高低といった一元的な指標による比較研究を脱し、社会保障の内容に着目した類型化が進められてきている。雇用・労働市場の動向と密接に結びつきながら形成されてきた日本の社会保障は、独特の雇用促進的機能を持ち、労働市場における地位が反映されやすいなどの特徴を持つ。本報告では国民皆年金体制に着目し、このような社会保障制度の形成過程を歴史的に検討する。これを通じて「ワークフェア」的側面を色濃く持つ、日本の福祉レジーム形成の一端について考察を加えたい。

    9)「中国における医療提供体制の改革」
       楊 開宇(大阪市立大学大学院生活科学研究科後期博士課程)
     中国では、社会主義市場経済体制への移行にともない医療制度改革が進行中である。2000年には「基本医療保険制度」が導入され、職員・従業員はそれまでのような指定医療機関ではなく、任意定点医療機関での受診が認められることになった。医薬・医療機関には、環境が変化する中、適切な対応が求められている。今回の報告では、中国の医療機関の現状を把握した上で、医療提供体制の問題点に焦点をあて検討していくことにする。

    10)「子どもに関する社会保障給付と税控除:子どもの貧困と不平等に対する影響」
       阿部 彩(国立社会保障・人口問題研究所)
     本研究は、厚生労働省「所得再分配調査」のマイクロ・データを用いて、子どもに対する社会保障給付(児童手当、児童扶養手当等)と税控除(扶養控除)が、子どものいる世帯の貧困および子どものいる世帯内の不平等度に与える影響を推計するものである。推計の結果、3歳以下の子を持つ世帯においては、児童関連給付よりも扶養手当のほうが高い貧困軽減率を示し、不平等度軽減率においても同等の効果がみられた。




    X 〈社会政策〉

    座長 阿部 誠(大分大学)

    11) 「〈脱商品化〉概念の理論的検討」
       大北秀明(駒澤大学大学院経済学研究科経済学専攻博士後期課程2年次)
     G.エスピンーアンデルセンの「脱商品化」という福祉国家論及び社会政策特有の概念は,通常,そのパラダイムの上に立ち受容的理解され,議論されている。本報告では,この「脱商品化」概念をマルクス経済学の立場から,この概念は概念足りえるのかという問題意識に立脚し,理論的に再検討する。また,「脱商品化」概念形成プロセスをK.ポランニーやC.オッフェ等からの影響から検討し,その「脱商品化」概念成立関連史をまと め,知見を加える。

    12) 「イギリス・高齢者対人社会サービスの現状と課題〜ベストバリューを中心に〜」
       山田亮一(大阪市立大学大学院生活科学研究科博士課程)
     市場原理の導入によるコミュニティケア改革が実施され10年が経過している。このサービス供給では経済性、効率性が偏重された。ブレア労働党政権は前政権のNPMの手法を転換し、有効性、サービスの質、住民の参画を目指した政策転換を図っている。パートナーシップに裏打ちされた地方自治体改革のベストバリューは住民のニーズに合う公共財の最適解の選択を目指し2000年より実施されている。各自治体の報告やBVPIs等の指標では実績の上昇を示すが、社会サービスの満足度は高いものではない。これら現状と課題について考察する。

    13) 「社会政策と社会意識」
       武川正吾(東京大学大学院人文社会系研究科)
     2000年、文部科学省科学研究費補助金の助成を得て、SPSC調査(「社会政策と社会意識に関する調査」)を実施した(全国の満20歳以上の男女5000人を対象)。わが国では社会政策に関する価値意識や態度・意見などに関する調査があまり行われてこなかった。このため本調査は、以下の目的を掲げた。(1)アカデミック・リサーチ、(2)深層構造、(3)国際比較、(4)オリジナリティ。本報告では、SPSC調査のデータを用いながら、福祉国家を支える価値意識についての分析を試みる。









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