社会政策学会第98回大会報告要旨集(2)

自由論題



1999年5月29日(土曜)13時〜14時45分





第1分科会 社会福祉制度


フランスにおける家族手当制度の歴史的生成過程―わが国の「児童手当制度」改善の糸口を求めて

宮本 悟 (中央大学大学院生)

<報告の要旨>
フランスの家族手当は、1945年以降、社会保険・労災保険とともに社会保障の構成制度と位置づけられているが、国家政策としてのその歴史は1932年法に始まる。本報告では、1932年「家族手当法」の成立過程を、社会経済史的視点から考察していく。
19世紀後半、フランスの家族手当は公共部門から民間部門へ拡大した。「グルノーブル補償金庫」は、1918年、労働側の賃上げ要求に対する雇主側の譲歩として創設された。「家族賃金」を要求するCGTは、当初、家族手当に反対したが、次第に方針を転換していっ
た。家族手当を福利厚生施策の一環と捉えていた雇主側は、他企業との競争条件を均等化するべく、その法定化を望んだ。さらに人口減少問題もあり、国家主導の下に家族手当法案が準備されるに至った。
以上の考察を通じて、1)フランス家族手当制度の伝統的特徴(財源の雇主単独負担)の理論的妥当性 2)家族手当制度が生成・展開する契機としての労働運動の重要性を検証し、わが国の「児童手当制度」改善の糸口を模索したい。

<報告の内容>
はじめに
I.家族手当の起源
II.組織化された家族手当制度――家族手当補償金庫――
III.家族手当にたいする労働組合の態度
IV.雇主の対応
V.1932年「家族手当制度」以前の国家の対応
むすび
<報告関連業績>
1)1932年フランス「家族手当制度」の形成過程―企業内福利厚生施策から家族手当制
  度へ―、中央大学『大学院研究年報 経済学研究科篇』第24号(1995年2月)
2)フランスにおける家族手当制度の形成過程―1932年「家族手当法」の成立とその後
  ―、『中央大学経済研究所年報』第26号(I)号(1996年3月)
 3)第四共和政下におけるフランス家族手当制度の展開―社会保障の一環としての再編過
  程―、中央大学『大学院研究年報 経済学研究科篇』第26号(1997年2月)
4)第五共和政ドゴール政権下のフランス家族手当制度―「民主化」・「統一化」原則から
  の乖離―、中央大学『大学院研究年報 経済学研究科篇』第27号(1998年2月)
 5)1970年代におけるフランス家族手当制度の展開―「制度間財政調整」の犠牲者―、
  中央大学『大学院研究年報 経済学研究科篇』第28号(1999年2月)

*主要参考文献は、当日配布資料に掲示します。



イギリスにおける福祉行政機構改革

横山 北斗 (弘前大学)

報告の目的と進め方
 
 この報告の目的は、イギリスにおける福祉行政機構改革の実際を、特に職員の意識改革面から考察し、福祉国家の母国であるイギリスのこんにちを描き出そうとするところにある。
 職員の意識改革というのは、社会政策の実施にかかわる行政機構の管理と運営に、経営者および消費者選好の論理を導入しようとするものである。それは業績不振の企業を市場が淘汰するのと同様、不要な政策と職員を市民が排除できる仕組みを確立することで達成されるものと考えられている。
 このような行政機構の改革が戦後確立された福祉供給モデルに挑戦する内容ものであり、1979年のサッチャー政権発足以降、18年におよんだ保守党の長期政権下で提案され取り組まれてきたことは、これまでにもしばしば紹介されてきているが、その基本的な考え方は1997年総選挙で政権を回復した労働党政権下にあっても継承されている点、注目される。
 労働党は新保守主義の政策に反対する立場から、経営主義を排し、伝統的な福祉国家の必要性を満たす政策プログラムの維持に努めてきたが、1992年総選挙を迎えるころまでには、保守党政権が示してきた行政機構改革の主要点を文言おいても現実においても受け入れるようになっていた。こんにちのイギリスにおいて福祉供給にたいする管理と運営を改良するために必要なコンセンサスは、消費者の意向を重視した福祉サービスの供給が重要であるとの認識で形成されつつあるのである。
 そこで私は、まずイギリスにおける福祉民営化のこれまでの動きをみながら、次に福祉行政機構改革の実際を紹介するために、職員の意識改革が促されるよう発表されたいくつかの報告書の内容を分析し、さいごに労働党政権の誕生と福祉改革への国民の支持態度を明らかにするというかたちで本報告を進めていきたいと思う。

報告関連業績

「イギリス新保守主義政権時代の住宅政策」(『弘前大学教育学部紀要』81号)1999年。
『福祉国家の住宅政策‐イギリスの150年‐』(ドメス出版)1998年。
「サッチャー政権のポピュラー・キャピタリズム」(『行動科学研究』31号)1990年。



自由論題第2分科会 介護保険とホームヘルプ


介護の社会化にみるアンペイドワーク ―ホームヘルプ労働調査から―

新村 友季子 (奈良女子大学大学院生)

はじめに
介護保険のスタートを間近に控え、介護の社会化がより身近なものになりつつある。家庭内で家族(主に妻・嫁・娘)によって担われてきたアンペイドワークのいくつかの部分が、社会的に支払われる労働、ペイドワークへと移行される。
アンペイドワークの社会化は、従来から様々な形で行われている。今回、アンペイドワーク(以下UW)の社会化の一形態として、UWがペイドワーク化されるプロセスに注目した。なかでも、介護の社会化のためには不可欠な要員である、ホームヘルパーに着目した。UWの社会化が社会的必要・必然であるとすれば、その社会化は、いかに行われることが望ましいのか。UWに対して、サービス労働としての価格がつけられていく過程では、何が問題なのか。また実際、現場ではどのように社会化が行われつつあるのかを、ホームヘルプ労働実態調査・ホームへルパー意識調査をもとに明らかにした(調査は鹿児島県鹿児島市で98年12月〜99年1月に行った。対象は鹿児島市がホームヘルパー派遣依託をしている団体の、ホームヘルパー全数に対して行った)。
在宅介護の要といわれる、ホームヘルパーの職務内容は、従来の家庭内UWと重なる部分が大きい。現在、ホームヘルプ労働の多くは生計をなりたたせる労働にはいたっていない。ホームヘルプ労働は、いわばセミ・アンペイドワークである。UWの社会化は、ジェンダーニュートラルな社会に向けての一政策である。UWの社会化が、日本型福祉社会のなかではどのように行われているのかを、調査結果を中心に検討した。


I.問題意識 ―調査の目的―
II.ホームヘルプ労働の実態調査結果報告 ―労働条件を中心に―
III.ホームヘルプ労働のサービス労働化、価格競争における問題点
―介護・家事差額,サービスの質―
IV.中高年既婚女性の就労とホームヘルプ労働;現状把握と意識調査から
V.今後の課題と展望





介護保険制度の給付額設定に関する論点整理−−現状の在宅介護の費用計算を通して

森 詩恵 (大阪市立大学大学院生)

1.目的
 実際に在宅福祉サービスを利用している4事例のケアプランを取り上げ、それらが介護 保険制度のもとで実行された場合の1ヶ月の費用計算を行う。これは、1998年12月2日 に厚生省が新たに老人保健福祉部会へ提出した給付額で、要介護者に必要な介護サービ スが十分提供されるのかを検討するためである。そのうえで、今後、要介護度に応じた 給付額設定に関しての論点整理を行い、介護保険の最も重要な課題の深層に迫る。 
2.試算方法
 厚生省が、「介護費用の推計に当たっての計算基礎」(1995年度価格)で使用した各サ ービスの単価を利用して、実際の4事例において1か月の費用を計算を行う。
3.試算対象者
 1)Aさん(要介護者が寝たきり度Cで、老夫婦二人暮しの場合)
 2)Bさん(要介護者が寝たきり度Cで、昼間介護者がいない場合)
 3)Cさん(要介護者が寝たきり度Bで、家族3人で生活している場合)
 4)Dさん(単身生活を送る痴呆老人の場合)
4.試算結果
・4事例とも試算を容易にする目的から複雑な判断がいる部分の費用は省いてあるため、必要最低限の費用で算出されるが、それでも高額の自己負担を強いられる結果となった。


要介護度(推定) 最大給付額(厚生省概算) 1カ月の費用(試算)  自己負担 
 Aさん  要介護度VI  35万円 580,896円 265,896円
 Bさん  要介護度V  35万円  490,560円 175,560円
 Cさん  要介護度IVorV  35万円 403,778円 88,778円
 Dさん  要介護度IIorIII  20万円  472,338円 292,338円

(注1)各要介護度に対する給付額が最大に給付されたとして、自己負担を考えている。
(注2)自己負担には、1割の利用者負担分も含む。


5.考察
*厚生省が示した概算では、現状のようなケアプランでのサービス内容は保険給付内で受 けられない要介護者が出現する可能性も考えられる。
1)給付額設定の重要性の認識。
2)契約の不慣れ、劣悪サービスの購入など、消費者問題の増加の可能性。
3)柔軟なサービス提供への懸念。
4)利用者負担によるサービス利用の抑制が発生する可能性。

6.今後の課題と問題点
 1)給付額の“適切な”設定とはどのようなものか。
 2)保険給付内と保険給付外(横だし・上乗せサービス)の価格設定問題。
 3)消費者問題に対応するための情報公開、消費者教育の充実。
 4)地方格差をどのように考えるのか。




介護保険制度におけるサービス水準問題――問題の構造と分析枠組

平岡 公一 (お茶の水女子大学)

【1】本報告の目的と方法
 来年から実施が予定されている介護保険制度において、十分な水準のサービスが保障されるのかどうかという点は、介護保険導入の是非をめぐる論議での争点の1つであったが、保障されるべき介護サービスの水準についての研究が十分に行われていないこともあって、この点についての議論が必ずしも深まらない状況にある。本報告では、このような状況を踏まえ、介護保険制度におけるサービス水準問題の構造を分析するとともに、介護ニーズの分析・推計に関するこれまでの研究と、高齢者介護政策の国際比較に基づいて、サービス水準の分析・評価のための新たな分析枠組を提示することを試みる。
【2】「ゴールドプラン」・老人保健福祉計画・介護保険における目標設定と将来推計
 「ゴールドプラン」・老人保健福祉計画・介護保険における目標設定と将来推計の方法を検討すると、在宅サービスではミニマム保障の考え方が明確でないこと、施設サービスに関しては、ニーズに基礎をおく目標設定・推計の方法がとられていないこと、病院から施設、施設から地域への移行可能性についての明示的な分析が行われていないといった問題点が明らかになる。
【3】サービス水準の分析・評価の視点
 介護保険制度におけるサービス水準の分析・評価にあたっては、サービス水準が、(1)個別のケースのニーズ充足に十分か、(2)ニーズ類型別の標準的なケースのニーズ充足に十分か、(3)総量としてニーズ充足に十分か、という3つの点が区別される必要がある。また(a)集中的な在宅サービスがどのレベルまで保障されているかという点と(b)ニーズに見合った施設サービスが確保されているかどうかという点を合わせて検討する必要がある。
【4】先進諸国との比較によるサービス水準の分析・評価
 介護保険制度で想定されるサービスの水準が、スウェーデン等と比べて相当に低いことが指摘されているが、量的な比較だけではなく、そもそも介護保険制度下において、サービス体系がどこまで「高齢者ケア中進国型モデル」を脱却し、「先進国型モデル」に近づけるのかが問われる必要がある。
【5】既存のニーズ推計研究に基づくサービス水準の分析・評価
 政策科学的な視点からサービスの水準についての評価を行うためには、ニーズ分析の結果に基づいて必要なサービス量の推計を行う必要がある。当面可能な研究の方法として、上記の(2)のレベルに着目し、厚生省が示した「参酌すべき標準」と、政策科学的研究の結果に基づいて設定された「サービスモデル」を比較することが考えられる。
【6】結論と課題
 今後のサービス量拡大の見通しに関しては、まず介護保険制度自体に、本当にニーズの拡大に応じてサービス量が拡大するメカニズムがあるかどうかが問われなければならない。しかし研究の基本的な目標は、ポスト介護保険体制における介護サービス供給のあり方も視野に入れつつ、介護保障という観点から保障されるべきサービス水準を設定し、それとの対比において、介護保険制度におけるサービス水準を分析・評価することにおくべきであろう。この点と関連して、介護サービス統計の整備の課題についても検討が必要である。





自由論題第3分科会 非常勤・規制緩和・下請け

大学非常勤講師の就労実態と社会保障−首都圏大学非常勤講師組合の調査より

南雲 和夫(法政大学)

報告の要旨
 今日、国公私学を問わず非常勤講師なしには大学教育は成立しない状況にある。にもかかわらず、その具体的な就労形態や生活実態、年間収入や社会保障などの問題については、従来アカデミズムの現場においては全くといっていいほど取り上げられてこなかった。特に深刻な専業非常勤講師(本務校をもたない大学非常勤講師)の実情については、近年一部のジャーナリズム等でようやく取り上げられるようになったものの、その詳細な実態については未だに社会科学的な分析が不十分な状況にある。
 本報告では、こうした専業非常勤講師の就労実態と社会保障の現状を中心に、日本の大学非常勤講師をとりまく問題を社会政策論的アプローチから取り上げるものである。なお、報告に際しては、首都圏大学非常勤講師組合の組合員などからの聞き取り調査や、各種アンケート等を参考にしたことを予めお断わりしておきたい。

 ※参考文献
 首都圏大学非常勤講師組合編『大学教師はパートでいいのか−非常勤講師は訴える』 (こうち書房、1997年)

 日本科学者会議編集『日本の科学者』1998年5月号「特集 大学改革の中の非常勤講
 師問題」(水曜社発売)



教育の規制緩和と大学教員の労使関係−−大学教員の解雇が現実化しているオーストラリアを例として−−

長峰 登記夫 (法政大学)

 少子化による子供人口の減少から、西暦2010年には日本の私立大学100校以上が経営破綻に追い込まれるであろうとの試算があるという。もし、実際にこのような事態が到来すれば、大学教職員の雇用・労働が深刻な事態に直面するであろうことは目にみえている。そして、それは遠い未来のことではない。そう考えれば、大学教職員の雇用、労使関係に関連した諸問題は日本でもすでに現実の問題として意識されてよい時期にきているといってよい。
 そのための先行事例として、ここでは、教育の規制緩和の中で大きく変化しつつあるオーストラリアの大学教職員の雇用・労使関係にかかわる諸問題を、教員と研究員に限定して考察することにする。1996年3月の総選挙で保守党連合が13年ぶりに政権に復帰して以来、オーストラリアでは労使関係制度が一大転換を遂げた。それを一言で要約すると、従来の調停仲裁制度を中心とした労働者、労働組合を手厚く保護する制度から、労働者個々人と使用者間の個別雇用契約を中心とした制度への転換ということができる。この労使関係制度の転換によって最も大きな影響をうけた分野の一つが大学、あるいはより広く公教育機関であった。オーストラリアの大学は基本的に州立であるが、現在では補助金の多くを連邦政府が拠出している。1996年以降急速に進められた規制緩和の流れの中で、連邦政府は大学への補助金を大幅にカットすると同時に、大学の「自由化」、独立採算化=部分的民営化を押し進めようとしている。
 そのような流れの中で、規制緩和、自由化、競争原理の導入、教員の能力・勤務評定とそれの賃金への反映、その結果としての賃金格差の拡大、非常勤講師の増加といった事態が進行し、ついには「不採算部門」における大学教員の解雇が現実のものとなった。もはや大学教員の終身雇用=雇用保障(tenure)は過去のものになったといってよい。しかし、一方では、伝統的な労使関係制度、すなわち労使関係委員会を中心とした調停仲裁制度の影響も一部残存している。上述したような一連の流れとは反対に、ここでは労使関係委員会の裁定をとおして非常勤講師の採用を一部制限・禁止し、その結果、大学に非常勤講師の正規雇用への転換を迫るというきわめて興味深い動きもみられる。
 本報告では、このような状況の下における大学教員の労使関係の現状を紹介するとともに、そのような事態にいたった背景にある要因を分析し、それを通して、今後日本でも予想される大学教員の雇用や労使関係にかかわる諸問題を考える上で必須とみられるいくつかの問題を提起したい。
  はじめに
1 オーストラリアの大学を取りまく状況
2 オーストラリアの大学‐歴史と制度
3 大学教員の労使関係
4 連邦政府の大学改革
5 1996年職場関係法と大学の労使関係
6 企業別交渉制度下の大学労使関係





建設産業における労務下請と自営的就業

吉村 臨兵 (奈良産業大学)

 戦後の労働法制度、とりわけ職業安定法とのかかわりの中で、請負契約に基づく建設産業の労働のあり方が若干の不分明さをもって今に至っていることは周知のことだろう。すなわち、見ようによっては労働者供給とも、独立した請負業者のもとでの労働とも見なせる例が実在するという事情は、今日に至るまで変化していない。このような環境下の就労をさして、その不安定さや不透明さがくり返し指摘され、そうしたあり方が前近代的であるとする批判も行われてきた。ところが近年のアウトソーシングの隆盛や、労働市場の流動化を歓迎する論調のもとで、あるいは社会・経済的環境の変化を背景として、この種の就労は他産業でも増加する傾向にある。こうして建設産業における前述の就労のあり方は、「先駆的な」外観も帯びはじめている。
 本報告の目的は、建設産業におけるこの就労のあり方にもう一度たちかえって、その取引関係や市場環境の側面から若干の検討を加えるところにある。というのも、建設も含めたいくつかの産業に関するここ2年ほどの共同研究を通じて得られた感触からすると、労働者供給や労働者派遣と区別されるべき請負契約の前提としての「独立性」や「専門性」については、その産業ごとに個別の判断を下さざるを得ないと考えられるためだ。
 ところで、建設産業の下請負契約はその内実からみて、労務下請(労務請負・手間請け)と材工共請負に区分される。労務下請とは多くの場合、鳶(とび)、型枠工といった特定の職種の技能労働者群による役務の完成のうち、その技能の発揮に重きが置かれているものをさす。また材工共請負とは、その技能の発揮と並んで、資機材の使用や消費に関する部分のウェイトも相当部分を占めるものをさす。この両者のうち前者の労務下請を業として営む場合には、後者にくらべて少額の資本で足りることもあって企業規模も小さくなりうるが、その極限にあるのは1人の就業者が労務を請け負う一人親方という形態である。こうして本報告は、この労務下請の特質のいくつかを、折に触れて自営的就業と関連させながら検討する。



自由論題第4分科会 経済不平等・社会諸階級


現代アメリカにおける不平等の展開とその特質

小池 隆生 (専修大学大学院生)

〈課題〉
 今日アメリカ合衆国の経済は1991年から引き続く景気拡大をうけ、その「強さ」が強調されている。確かに各種マクロ指標が90年代についていえば一頃よりも好調なのは事実である。「ニューエコノミー」の到来を告げる議論も登場したほどである。経済的側面から見た場合、わが国の今次不況との対比とも重なり、アメリカは何か繁栄を取り戻したかのごときである。翻って、アメリカ社会はつい数年前まで「病める」国として貧困や犯罪などの社会問題の状況が深刻であった。こうした状況も解消されたのだろうか?
 近年の合衆国における経済や社会の特徴を理解していく際に、注目しなければならないのは経済的不平等の問題である。商務省のセンサスも公表している世帯所得の分布状況にも明らかなように、合衆国の経済的格差は過去一貫して拡大してきている。
 本報告の課題は合衆国におけるこうした経済的不平等の問題に着目し、実態およびその特質をとりわけ過去30年間の分析に即して明らかにすることである。
 経済不平等を問題にする際に、アメリカの社会政策が所得分配機能をどのように果たしているのかということは、たしかに大きな問題である。しかし本報告は、不平等の基盤となる生産の領域で発生する格差に焦点を絞り問題にアプローチしたい。具体的には産業別・規模別で存在している合衆国経済の格差がこの時期どのように推移してきたのか、またそれとの関わりで労働力構成がどのように推移してきたのかについて分析を試みる。合衆国の生産領域に内在する格差の特徴を明らかにすることを通して、本報告はさらに失業(半失業も含む)が不平等問題とどのように関わるのかについても最後に考察を加えたい。

〈報告構成〉
1 合衆国不平等の展開
2 不平等の展開と合衆国労働力構成
3 不平等と失業・半失業問題
4 小括



社会諸階級と近代家族----SSMデータによる計量分析

橋本 健二 (静岡大学)

1.本報告の目的
 近代家族は、社会諸階級と密接な関係にある。本報告では、まず近代日本における近代家族の拡大・定着・変質過程を階級別にあとづけることにより、両者の関係を実証的に明らかにする。その上で近代家族の外部に立つ存在である単身者の階級的・階層的性格についても検討を加え、近代家族の現段階と将来について論じることにする。
2.データと方法
 今回用いる主要なデータは、SSMデータである。これは1955年から1995年まで10年ごとに実施されてきた「社会階層と社会移動全国調査」から得られたデータの総称で、社会階層研究の分野ではもっとも利用価値の高いデータとされてきた。今回使用するのは、結婚後の女性の職業経歴に関する情報を含む1985年及び1995年のデータで、サンプル数はそれぞれ3947、5357である。データ使用に関しては、1995年SSM調査研究会の許可を得た。
 階級所属の指標としては、資本家階級・新中間階級・労働者階級・旧中間階級の階級4分類を用いる。カテゴリー構成の詳細とその理論的意味については、橋本[1999]を参照されたい。分析の中心は、既婚女性の就業状況を出生コーホート別・夫の所属階級別に検討することにあてられる。単身者については、配偶関係と所属階級の関係に焦点を当てる。
3.近代家族の拡大と変容
 近代家族の量的規模の変化を実証的に検討する場合、そのメルクマールとなるのは、近代的性役割分業の帰結としての専業主婦の出現である。分析の結果得られた主要な結論は、次の通りである。1)戦前生まれ女性についてみると、1900年出生コーホート以降、どの階級についても専業主婦(一貫無職者)の比率は明らかに減少しており、共通に「非−主婦化傾向」が認められる。ただし被雇用者世帯の専業主婦率は、戦後に比べればかなり高い。2)戦後になると、被雇用者世帯女性の再就業が増加し、明確なM字型カーブが出現する(図表参照)。その意味でM字型カーブは、被雇用者世帯女性の「非−主婦化」によってもたらされたといえる。3)被雇用者世帯の専業主婦率は、夫が高学歴・大企業勤務の場合で顕著に高い。その意味で、近代家族の定着度が階級内分化と関連していることは明らかである。
4.単身者の存在形態
 40歳以上の所属階級・所得・学歴などを配偶関係別に見ると、男性と女性で大きく異なる傾向が認められる。男性未婚者が下層労働者階級に集中しているのに対し、女性未婚者は新中間階級・上層労働者階級の比率が高い。このことは未婚者が「結婚できない男性」「結婚の必要のない女性」から構成されていることを意味し、専業主婦を前提とした近代家族の下では家族生活を営むことのできない男女の出現を示すものといえる。 














自由論題第5分科会 外国の労働経済


業績管理・業績考課給の展開とイギリス的経営

上田  眞士 (京都大学大学院生)

 《貧困な訓練・低技能》に特徴付けられる労働力をそのスタッフとする企業が《低品質の財・サービスの生産》に特化するという《低熟練均衡》の罠に捕らわれたものとしてイギリス経済を理解する《低熟練均衡》仮説は,人的資本形成への投資に消極的なイギリス企業の短期主義的経営という像を鮮明に打ち出している(Finegold and Soskice[1988])。しかし,この《低熟練均衡》仮説の枠組みは,外部労働市場型に形成されてきた種々の制度が矛盾や軋轢を拡大し労働市場の内部化が課題として意識されてくるような変化や改革の局面を評価する上では,あまり有効な枠組みではない。
 イギリス80年代は,企業内での人的資源開発に限っても,そのあり方に含意をもたらす様々な変化が進展した変化の時期であった。本報告の主題は,こうした変化や改革の時期であった80年代において,《低熟練均衡》仮説が鮮明に示した人的資源の形成に消極的なイギリス的経営という像に変化が及んだのか否か,検証を試みることである。以上の課題に接近するにあたって,本報告は,80年代における人的資源管理(HRM)の台頭やその枠内での業績管理(PM),業績考課給(IPRP)の展開を跡づけることをその方法とする。もし人的資源管理(HRM)の展開が言われるように労働力を単にコストとして扱うのではなく,戦略的位置を占める価値ある資源として扱うものであるならば,また,業績管理(PM)の展開が言われるように企業目標との関連で個人目標を設定し,その目標達成の程度の考課を報酬・昇進・教育訓練・キャリア開発などの処遇に役立てていくものであるならば,そのような人的資源管理や業績管理の展開は,人的資源への投資の最も確実な表現を提供するはずのものであろうからである(Storey and Sisson[1993])。
 以上の主題と方法を踏まえて,本報告では,まず第一に,1980年代後半から1990年代前半にかけての業績管理と業績給の展開に関する代表的なサーベイ調査をレビューする。そして,これら諸調査のレビューを通して,80年代における人的資源管理や業績管理の台頭は,その内部が均一な一枚岩的な現象ではなかったこと,業績考課給を軸とした〈報酬主導的統合〉と人材開発を軸とした〈開発主導的統合〉という二つの形態の分岐が存在したことを指摘する(Bevan and Thompson[1992])。第二に,この言われるところの業績管理における〈報酬主導的統合〉と〈開発主導的統合〉という二つの変種が人的資源管理論の枠内でどのような位置を占めるものであるのか,その検討を試みる。そして,集合的な制度的取り決めや手続きからライン管理者を解放して人的資源の最大限の活用を図ろうとするところに業績管理の展開における〈報酬主導的統合〉の特徴があることを指摘する。また,一時的取引(trade-off)を介して単に同意を確保するという消極的な管理から,組織変化に対する部下のコミットメントを引き出し人的資源開発を行うという野心的な管理へとライン管理者の位置づけを変更するところに,業績管理の展開における〈開発主導的統合〉の特徴があることを指摘する。そして,第三に,こうした業績管理における二つの形態の展開が,先に示した人的資本形成への投資に消極的なイギリス的経営という像にどのような含意を及ぼすものであるのかを検討する。   


EU社会政策と市場経済−日系多国籍企業の欧州ワークス・カウンシルに対する評価について

中野 聡 (豊橋創造大学) 

 EU社会政策と市場経済―歴史的背景 ソシエテ・ジェネラルとパリバの合併、日産とルノーの提携など、欧州諸国における近年のM&Aの事例は枚挙にいとまない。通貨統合と単一市場形成を背景に、欧州の大企業体制は域外企業を巻き込んだ再編成の直中にある。欧州市場形成の目的のひとつが産業競争力の強化にあるにせよ、その政治的コンテクストにおいて、強い経済はバランスのとれた市民社会形成のための手段として位置づけられてきたことに留意する必要があるだろう。経済、通貨、産業政策と社会政策を、そして社会的活力の創造と社会的弱者の保護を均衡させることは、ソーシャル・ヨーロッパの概念やEC社会憲章The Social Charter (89.12)に示された基本的アプローチであった。
1980年代後半以降の国境を越えた企業再編の動向を背景に制定された共同体規模企業および企業グループにおける欧州ワークス・カウンシル(EWC)等の設置指令94/45/EC (96.9発効)では、EU・EEA域内の一定規模以上の多国籍企業に対し、企業の構造・経済・財政状況、事業・生産・販売予測、雇用・投資状況と予測、組織の実質的変更、新しい生産過程の導入、生産の移転、企業や事業所の合併・縮小・閉鎖や大量解雇等に関して、従業員への情報開示と協議を目的とするEWC設置が義務づけられている。この制度は、マーストリヒト条約付属の社会政策に関する合意(93.11発効)下初めての施策だが、規制緩和の潮流や欧州社会政策の"ネオ・ボランタリズム"への傾斜などを背景に、設置に際し社会的パートナー(労使)の協議が重視されている点や国内ワークス・カウンシルに比し機能が限定的である点等に特色がみられる。対象多国籍企業約1480社(UKオプト-インによる新規対象企業を含む)中、既に400社以上にEWCが設置されたものと推定されている。
 日系多国籍企業と欧州ワークス・カウンシル 本報告は、在欧域外企業を中心とした多国籍企業経営者の新制度に対する評価の特定およびその背景の分析を目的とする調査の前半に該当し、在欧日系企業の全数調査を試みた。このテーマは、指令対象域外企業が約300社(オプト-インによる対象企業を除く)もの多数にのぼること、また米日経営者団体がEU社会政策の形成に与えた影響を考慮すると、興味深いものがある。
調査は、98年10-12月にかけて欧州労働組合機構ETUIデータ・ベースに収録された35社を対象に、アンケートおよびヒアリングにより行われた。調査票は、コスト・ベネフィット分析を軸に、EWCに対する総合評価とその機能に関するオプション・タイプの設問、EWC設置協約の特徴や評価に影響しうる付随状況に関する設問から構成され、50%強の企業の人事担当者などから回答を得た(うち有効回答14社40%)。結果では、設置準備中の2企業を含め、1)制度に対する肯定的な評価が大半(71%)を占めること、2)それが企業情報の提供、労使協調、従業員参加の促進、コーポレート・アイデンティティー形成の手段として認識されていること、3)従業員の期待や要求へのリパーカッション、関連財政支出および企業構造との整合性が主なコストと判断されていること、4)企業の意思決定の迅速性や市場競争力への影響に関する懸念は少ないことなど、既存研究にみられなかった点が示されている。
 報告関連業績 「EU社会政策と市場経済―欧州ワークス・カウンシルをめぐる近年の動向」(『豊橋創造大学紀要』Vol.3 1998年)、「欧州労使協議会指令94/45/ECの形成−EU政治組織と社会的パートナー」『大原社会問題研究所雑誌』掲載予定(P.Kerckhofs. 1996. La revendication syndicale des comites d'entreprise europeens et sa traduction dans la directive 94/45/CE. mimeo. Universite Catholique de Louvainの抄訳)。本報告は、"Management Views of the European Works Councils: A Preliminary Survey of Japanese Multinaitonals."として近日中に発表予定。





「貯蓄信用組合」活動とコミュニティ ─ タイにおけるUCDOのめざすコミュニティ開発の評価─

遠州 敦子 (佛教大学)

1 はじめに
 途上国を中心に展開している、『マイクロ・クレジット』の活動は、すでに世界58カ国で実施されるに至っている1)。1997年2月には、137カ国が参集して「マイクロクレジット・サミット」が持たれ、議長ヒラリー・クリントンがマイクロ・クレジットについて、「個人的に経済活動の機会を与えるだけのものではなく、地域全体の利益や、民主主義の成長に寄与する」と論じたとおり、現代的な「マイクロ・クレジット」の課題は、社会的関係の再構築により多く存在すると考えられるようになっている。本報告は、こうした「マイクロ・クレジット」の活動の中でも、とりわけ都市部のコミュニティ開発に焦点をあてたタイのUCDO(Urban Community Development Office=都市コミュニティ開発事務所)の活動をトレースすることで、マイクロ・クレジット活動の『社会的関係の再構築』という側面を具体的に検証するものである。   

 UCDO(都市コミュニティ開発事務所)の活動の特徴:タイのUCDOの活動は、タイ国住宅公社によって積み上げられてきた都市部のスラム改善事業の発展型として、都市コミュニティ開発事務所( UCDO)を実施機関に1992年9月に都市貧困者開発プログラム(Urban Poor Development Program)がスタートした。その特徴は、(1)貯蓄信用組合を組織し、それを通して無担保融資を供給することによって、都市貧困者に社会・経済的資源へのアクセスを保証する、(2)住宅公社の下に位置づくが、高い独立性と理事会へ積極的にコミュニティ・リーダーやNGOの参加を保障する、(3)貯蓄信用組合活動を軸に総合的な支援を保障しながらより具体的な生活要求を実現する方向を組合員と模索する、というものであり、都市部貧困者のコミュニティ開発を強く位置づけている。

 組合活動の展開:組合を通じてUCDOから提供されるローンは、一般貸付、生業資金、住宅資金の三種類である。ローンに際しては居住地区コミュニティからの承認が必要で、基本的にはコミュニティが組合の単位の目安となる。しかし生業資金などでは、同業種単位で居住地を超えて組合が結成される場合も存在する。このようにコミュニティに根ざしながら、一方で複数のコミュニティの横断的・重層的な組合活動を通じて、組合活動に参加する人々の生活要求を実現させていく。しかしUCDOによる融資は、貯蓄信用組合活動の成果をよりダイナミックに機能させ、個人レベルの生活改善への取り組みからさらに、1)居住地の環境整備、2)居住地の集団移転、3)同業種組合員による連帯、などへ拡大している。こうした貯蓄信用組合活動の展開の中から、より社会集団の結成や居住地の環境改善への具体的な取り組みは、住宅問題や人権問題解決にむけた働きかけなど、コミュニティ集団による総合的な貧困克服をめざした動きへと広がりを見せている。
 以上の諸点から、貯蓄信用組合による融資へのアクセスの確保という活動は、金融市場が成熟しても、日常的な貯蓄活動による組合員間の関係構築、信用貸与による信頼と相互の生活アドバイス、さらに外部からの融資の引き出しによって可能となるコミュニティ環境の改善への取り組みと意欲の向上という、社会的役割を果たす可能性を示している。
注 1)M.ユヌス、A.ジョリ『ムハマド・ユヌス自伝』早川書房、1998年





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