社会政策学会史料集



社会政策学会第二回大会記事

はじめに

   左の記事は会員河津博士が国家学会雑誌に掲載せられたるものなるが、ここにその要旨を摘録し、あわせて補筆を加へ、以て本会の記事に代ふ。

概況

 社会政策学会は、昨〔明治〕四十一年十二月廿日並に同廿一日を卜し、第二回大会を東京高等商業学校講堂に開き、第一日にはかつて議定したる『社会政策より観たる関税問題』につき会員並に同問題に関係ある朝野名士の意見を問ひ、以て同問題の解決に資し、第二日には会員の社会政策その他に関する講演会を開き、いささか社会政策に関する知識を普及せんとせり。
 さいわいに第一回大会の如く大に社会の同情を博し、講演せられたる諸氏をはじめ有森、菅原、安部、平沼、下岡、日比谷、乗竹、野中、木村、留岡、大橋、阿部、片山等数十名の来賓の臨場を辱ふしたるのみならず、都下有力なる新聞社はその社員を列席せしめて、その模様を広く天下に報導したるが如きは、その同情のはなはだ薄からざる証左にして、本会の特に感謝する所とす。しかも歳末多忙なる季なるに関せず、満堂立錐の地なき程の多数の傍聴者の来場せらるるあり、前後二日にわたり毫も倦怠の色なく討議講演を謹聴せられしが如き、予輩はこゝに本会を代表して謝せさるべからざるなり。
  これより先き我委員は前年の例を襲ひて、第一回委員会を昨年九月廿七日に開き、第二回大会に関する諸般の準備方針につき協議する所あり。その後、前後数回、委員会を開き、以てその準備を了したり。とくに高野、桑田、両委員は、自ら諸般の庶務に当られ、貴重の時間を割かれたる、福田委員の書肆との交渉に尽されたる、更に佐野、関両委員の講堂の借り入れ、ならびにこれに附随せる大会準備に尽されたる、ともに本会の大に感謝する所とす。
 大会の日程は左の如く定められたり。

  社会政策学会第二回大会順序
 第一日 十二月二十日(日曜)午前九時東京高等商業学校講堂に於て開会
一、 開会の辞 東京法科大学教授法学博士 山崎覚次郎君
一、 社会政策より観たる関税問題
 報告者
 京都法科大学教授法学博士 神戸正雄君
 東京法科大学教授法学博士 河津暹君
 東京法科大学教授法学博士 矢作栄蔵君
 (正午より午後一時迄休憩)
 会員の討議
 来賓法学博士井上辰九郎君、慶應義塾大学教授堀江帰一君、伯爵大隈重信君、農学士有働良夫君、衆議院議員浅野陽吉君、農学博士酒勾常明君、(いろは順)の演説
一、懇親会
 午後六時より東京高等商業学校構内同窓会食堂に於て開会
 第二日 十二月二十一日(月曜)午前九時より午後五時まで東京高等商業学校講堂に於て開会
一、 講演
 将来に対する智識の欠乏 京都法科大学講師法学士 河上肇君
 人民の本質 東京法科大学教授法学博士 筧克彦君
 課税によりて貧富の懸隔を調和すべきか 早稲田大学講師 田中穂積君
 世界の大勢と勤倹貯蓄 東京文科大学教授文学博士 建部遯吾君
 演題未定 京都法科大学助教授法学士 財部静治君
 中等民の保護 東京高等商業学校教授 瀧本美夫君
 外国貿易に関する思想の変遷 京都文科大学教授文学博士 内田銀蔵君
 関税に対する根本主義〔并〕に本国殖民地を発足点とし此問題に論及す 長崎高等商業学校教授法学士 山内正瞭君
 現時の保険政策に就て 法学博士 粟津清亮君
 都市交通機関の発達と居住関係 東京高等商業学校教授 関一君
一、 第三回大会委員の選定
一、 閉会の辞
一、 観覧
 十二月二十二日 東京帝国大学農科大学、芝浦製作所

第1日

 かくして第一日は十二月二十日午前九時二十分より東京高等商業学校講堂に於て開会せられたり。佐野教授司会者席につき、山崎博士を紹介す。山崎博士登壇、開会の辞を述べらる。終って予期の如く『社会政策より観たる関税問題』討議に移り、先づ報告者河津、神戸両博士の報告あり。神戸君の報告終るや、時正に十一時五十八分なりしを以て休憩することとなし、会員一同は同講堂の側に集まり紀念の為め撮影し、おわりて午餐をしたため、午後一時再び開会せり。最初に報告者矢作博士の報告あり。それより来賓諸氏の演説及会員の討議あり。詳細は速記録に譲り、ここに之を略せん。午後六時十五分散会せり。
 散会後、同校同窓会事務室に於て例により懇親会を開きたり。来賓堀江教授、木村代議士、長沢氏をはじめ会員数十名来会す。席上桑田博士は来賓諸君の厚意を謝し、特に神戸、河上、津村、山内、諸会員は、山海遠路なるにかかはらず、特に本会のために東上せられしは謝辞なき旨を挨拶あり。福田博士もまた立ちて佐野、関、両教授等の尽力を謝し、それより雑談に時の移るを知らず、散会したるは九時過ぎなりき。

第2日

 翌二十一日午前九時より会員の講演会を開く。来賓には木村代議士、阿部文学士、留岡氏等の諸氏を見受け、傍聴者は前日と同じく開会前すでに満堂立錐の地なきの盛況を呈せり。以て本会講演が社会の視聴を惹くに厚きを推知するを得べし。講演中、内田文学博士は病気のため上京せらるゝこと能はず、財部学士は家族に病者ありたるため東上することを得られざりしは、本会の最も遣憾とする所なり。但し両君の意見は特に之を筆にして寄送せられ、これを本書に収録することを得たるは、本会の感謝に堪へざる所なり。かつ幸に神戸高等商業教授津村秀松君並に前長崎高等商業学校教授守屋源次郎君が講演に参加せられたるは、本会の甚だ多とする所とす。而して、講演は何れも多年の研究の余に出づるものなれば、これを短縮するは講演者に対し甚だ御気の毒となりしといえども、予定の講演を完了せしむるためにはその講演時間を制限せざるを得ざりき。午前には瀧本、山内、河上、田中四氏の講演あり。午後開会の始めに当り、先づ第三回大会委員の選挙を行ふ。会員福田博士議長の指名に一任し、かつ本会の委員はやや多きに過ぎたるが故に、幹事三名の外十名とすべきを発議す。塩沢君の賛成あり。司会者は会員異議なきものと見做し、左の諸氏を指名す。
 金井、田島、矢作、小野塚、佐野、田中、関、建部、気賀、津村の十名その外中島、桑田、外一名の幹事。
 それより再び講演に移り、関、津村、守屋、筧、建部の五氏順次登壇、午後五時五十三分閉会せり。


第3日

 翌廿二日は、午前は会員の有志農科大学を参観し、午後は芝浦製作所を参観せり。両所とも本会のために多大の便宜を与へられたるは、本会の多謝する所なり。特に農科大学は、わが会員に対し、午餐を供せられたるは予輩の多とする所なり。
 同日午後六時、高等商業学校同窓会事務所に於て、新旧委員会を開き、あわせて神戸、河上、津村、山内四君の慰労会を開く。席上次期の大会々場と、ならびに討論題を協議す。会場は之を慶應義塾に借り、討論題は移民問題となし、報告者として福田、高野、財部三会員に依嘱する事とせり。最後に神戸、河上、津村、山内四君が、本会の為に致されたる好意を謝し、あわせて社会識者の同情を謝し、吾人同志のものは誓って社会幸福の万一に寄与せん事を期す。

〔2005年4月13日掲載〕


《社会政策学会論叢》第二冊 『関税問題と社会政策』(同文館、1909年5月刊)による。

 なお、ここでは読みやすさを考慮して、原文にはない「はじめに」「概況」「第1日」「第2日」の小見出しを加え、原文では簡単にすぎる句読点を詳細にし、漢字の一部を仮名に改めている。また、〔 〕内は二村が追加した注記である。





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