第14回(2007年)学会賞選考報告
社会政策学会賞選考委員会
委員長 玉井金五
委 員 近藤克則、菅沼隆、久本憲夫、森ます美
1 選考経過
今回は2007年に刊行された作品が対象になった。選考委員会を構成したメンバーは上記の5名である。
第1回の選考委員会は、2007年10月13日に龍谷大学で開催された秋の大会時に行われた。まず、委員の互選によって委員長は玉井会員に決定した。そして、その場で第2,3回の開催予定日と開催場所の候補(昭和女子大)、ならびに審査の基本方針を話し合った。
候補作の選定作業であるが、規程の改正によって著書のみとなったことを確認したうえで、ニューズレターを利用した自薦、他薦の呼びかけから始めた。自薦、他薦については、その申し出があり次第、委員長から委員に連絡を行った。また、他方で大原社会問題研究所が作成した会員の業績リストからの抽出作業を進め、必要なチェックを行っていった。
第2回の選考委員会は、2008年2月29日に開催された。まず、選考基準を話し合ったうえで、対象とすべき著書のリストアップを奨励賞候補と学術賞候補に分けて行った。その結果、奨励賞候補は2点、学術賞候補は10点を確認した。そして、第3回までにこれらを精査することを申し合わせた。
第3回の選考委員会は、2008年4月26日に開催された。まず、奨励賞については、1点を決定した。その後、学術賞の選考に入り、残された作品のなかから絞り込むために長時間にわたる論議をしたが、結論を得られなかった。そこで3点に絞込み、これらについて再度踏み込んで慎重に検討することにした。そのために、第4回の委員会を開催することにした。
第4回の選考委員会は、2008年5月5日に開催された。最後まで残った3点について個別の評価を行い、最終的に1点のみを学術賞とすることに決定した。
以上が、審査経過の概要である。今回は力作が多く、委員会の開催数もおそらく過去最高と思われる計4回となった。
2 選考結果
学術賞 1点 河西宏祐会員『電産の興亡(一九四六年〜一九五六年)−電産型賃金と産業別組合−』早稲田大学出版部、2007年。
奨励賞 1点 上田眞士会員『現代イギリス労使関係の変容と展開−個別管理の発展と労働組合−』ミネルヴァ書房、2007年。
3 選考理由
河西会員の作品は、著者のライフワークである電産(日本電気産業労働組合)史研究の集大成であり、電産型賃金体系で名高い「電産」研究の決定版である。すでに、著者は1946年までの電産の経過について『電産型賃金の世界』(早稲田大学出版部、1999年)を世に問うており、その意味では本書は第2巻にあたる。しかし、電産の歩んだ道筋を平易な叙述ながらも、実に深く解明した研究という意味で、本研究は本学会の学術賞に相応しい力作である。
電産型賃金体系は、周知のように生活給が実現したものとして、また日本企業の賃金体系のベースになったものとして有名である。「食える賃金をよこせ」というのは、戦後労働組合の切実な要求であった。しかし、実際にどのようにして「食える賃金」を確定するのか。本書は、このプロセスを史実に基づいて明らかにした。生活給思想は、長くわが国の賃上げの根拠とされてきた。その意義は決定的である。
また、電産型賃金は「能力給」を含むゆえに、ブルーカラーにまで「査定部分」を認めたものとしてしばしば認識されてきた。電産が求めた「能力給」とは何だったのか。さらに、ジェンダー研究の観点からは、稼ぎ手システムを体現するものとして批判されることもある。電産は、性差別的な運動をしていたのか。本書は、こうした論点にもかかわった興味深い議論を展開している。
このように、本書は日本の賃金制度に多大な影響を与えた電産型賃金とは何だったのか、もっと広くいえば電産の労働運動とはどういうものであったのか、という問題に対して実に一貫した視点から最良の回答を与えており、本書の完成度の高さを披瀝している。
一方、上田会員の作品であるが、イギリスのサッチャー期以降、1990年代末に至るイギリスの労使関係に焦点をあて、@人的資源の高度化を図るHRM(ヒューマン・リソース・マネイジメント)の個別管理の展開と労働組合の集合主義(ユニオニズム)との関係がどのように再編されてきたか、A個別管理の下で労働組合の新たな役割と可能性はどのように拓かれたか、を課題とし、そのなかに著者の労働組合への熱い思いが伝わってくる著書である。
本書の優れた点は、1つは上述の課題設定と「技能形成」の差異に着目した「労働取引の二類型」という労使関係を読み解く方法的視点の明確さである。これらが本書の展開を論理一貫したものとしている。2つには、これらの課題を、関連の理論・諸説の丹念なサーベイと具体的な事例・資料によって、理論的、実証的に明らかにしていることである。
全体を通して導出された結論は、以下のとおりである。すなわち、@業績管理における<開発主導的統合>と労働組合側でのパートナーシップ路線は、イギリス労使関係の中に新たに<高・HRM><高・ユニオニズム>に特徴づけられた「企業内労使関係の成熟化」の領域を生み出した、A業績管理における<報酬主導的統合>の展開と労働組合の組織化水準の後退は、イギリス労使関係に<低・HRM><低・ユニオニズム>に特徴づけられた「制度的労使関係の終焉」の領域の拡大をもたらした。
以上の分析から、新たな労使関係の対抗軸は、「企業内労使関係の成熟化」と「制度的労使関係の終焉」にあるとされる。全体的に大変明快な叙述展開であるが、一言いっておけば、本書の分析対象は製造業、とくにマニュアル労働者に限られていることである。対象となった時期に多くのサービス労働者を組織する公務部門の労働組合運動はどのように展開したのであろうか、という課題が残るであろう。今後の研鑽に期待したい。
今回は、授賞が決定した上記作品以外に、学術賞候補として最終選考まで残ったのは次の2作である。岡本英男『福祉国家の可能性』(東大出版会)、は福祉国家をめぐる学説を実に丹念にフォローアップしているだけでなく、アメリカ、スウェーデンといった国々について非常に興味深い政策・制度分析を行っている。また、井上雅雄『文化と闘争−東宝争議1946-1948』(新曜社)は、映画産業における労働争議を題材にした詳細な実証分析であり、史実の発掘という点において大きな成果を生むものである。いずれもなかなか読み応えのある作品であった。
また、以上の作品のほかにも、力作が目立った。学術賞の候補として挙がった二木立『介護保険制度の総合的研究』(勁草書房)、猿田正機『トヨタウェイと人事管理・労使関係』(税務経理協会)、大沢真理『現代日本の生活保障システム』(岩波書店)、松村高夫『日本帝国主義下の植民地労働史』(不二出版)、野村正實『日本的雇用慣行』(ミネルヴァ書房)、馬場康彦『生活経済からみる福祉』(ミネルヴァ書房)、武川正吾『連帯と承認』(東大出版会)等(刊行月順)は、社会政策研究の前進に大きく寄与する作品である。一方、奨励賞の最終選考に残った冨江直子『救貧のなかの日本近代』(ミネルヴァ書房)も今後の可能性を感じさせるものであった。
いずれにしても、2007年には学会をリードしてきた会員による力のこもった作品が公刊され、現在の学会における研究の勢いといったものを見せつけられたように思われる。引き続き、こうした流れが継続することを切に願いたい。
4 その他
今回の審査に従事したなかで、浮上した点について1−2書き留めておきたい。とくに、そのひとつは作品の性格とその評価にかかわることである。今回も啓蒙的、啓発的といった意味で、なかなかアピールする作品があった。現在は「学術賞」と「奨励賞」の2つであり、それぞれを拡大解釈すれば先のような作品も入りきらないことはないが、実際はなかなかその線引きがむつかしいのである。
この点については、一度幹事会で議論されているが、新たな賞を創設するところまでは至っていない。しかし、仮に「特別賞」といったものを設置し、先の2つの枠に収まりきらないが、特別に意義が認められる作品を表彰してもいいのではないかという声が一部の委員からあった。これは、必ずしも毎年というわけではなく、必要に応じて授賞するというものである。
他方、今回も大原社会問題研究所のご尽力により、業績リストを利用させていただくことができた。しかしながら、これは次年度以降不可能となる予定なので、それに代わるべきチェック体制を確立する必要がある。自薦、他薦の徹底、ニューズレターでの呼びかけだけでなく、刊行された文献に関するトータルな情報把握のあり方も至急検討していかなければならないと思われる。
以上
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