社会政策学会賞
選考経過および結果報告





第7回(2000年度)学会賞




1.選考経過

 第1回選考委員会を2001年3月25日に開催した。ここで「社会政策学会会員業績一覧」を基礎資料として、幹事会、学会本部に寄せられた自薦、他薦図書を加味して、検討すべき業績を審議した。選択された業績は次の8点の作品である。

  • 平井陽一『三池争議』(ミネルヴァ書房)
  • 木村周市朗『ドイツ福祉国家思想史』(未来社)
  • 木下順『アメリカ技能養成と労資関係』(ミネルヴァ書房)
  • 松村文人『現代フランスの労使関係』(ミネルヴァ書房)
  • 三富紀敬『イギリスの在宅介護者』(ミネルヴァ書房)
  • 中川清『日本都市の生活変動』(勁草書房)
  • 李捷生『中国「国有企業」の経営と労使関係』(御茶の水書房)
  • 塩田咲子『日本の社会政策とジェンダー』(日本評論社)

 これら8点の作品を選考委員が各自十分吟味した上で第2回選考委員会を2001年5月13日に開催した。第2回選考委員会で委員各位の率直な討論の結果、次の結論を得た。




2.授賞作品

  • 学術賞 中川清『日本都市の生活変動』(勁草書房)
  • 奨励賞 平井陽一『三池争議−戦後労働運動の分水嶺』(ミネルヴァ書房)
  • 奨励賞 三富紀敬『イギリスの在宅介護者』(ミネルヴァ書房)

 中川氏の作品は著者の言葉を借りれば「今日にいたる100年余りの生活変動を、日本の経験にそくして可能なかぎり実証的に定式化することを目指した」ものであるが、この本の優れた点は生活という切り口から近代と現代をどこまでシャープに規定しうるのかという社会科学にとって極めて魅惑的な課題に正面から挑戦し、かつ私たちに現代という時代が一つのプロブレムであることを明晰に描き出した点にある。これは、一方では優れて方法的な問題意識の自覚と、他方では総合的な視野が要請されるのであって、この作品がそうした要請に十全に応えているとは言えないかもしれないけれど、ともかくも同氏はこの課題に「生活構造論」を環境に対する不断の生活対応の積み重ねととらえ返すことを通じて、日本の過去100年余に及ぶ「生活の営み」を歴史的にかつ概念的に記述することに成功している。また、そうしたいわば生活の解釈学を通じて展望されている社会政策学の研究への示唆も私たちにとって含蓄に富んでいる。

 平井氏の作品はその副題にもあるように「戦後労働運動の分水嶺」たる1959−1960年の三井鉱山三池鉱業所の争議(いわゆる三池争議)に関する実証的な研究である。争議の表面的な争点は1200名の指名解雇と、そこに含まれる300名の職場活動家の解雇問題であったとされるが、その真実の争点は経営権の蚕食をともなう職場闘争による「労働者的職場秩序」と経営権との非和解的葛藤にあったことを説得的に解析している。この「労働者的職場秩序」を輪番制と「生産コントロール」を通じての秩序として、すなわち、それぞれ仕事への配置と労働強度への規制という労働力取引の態様に即して規定された秩序として把握し、ややもすれば無規定に流れやすい職場状況を明晰に記述できている点が優れている。選考委員会ではその後の労働運動との関連への示唆がないこと、あるいは産業政策との関連等の記述が不足していることなどの物足りなさが指摘されたけれど、事例研究としての完成度を評価した。

 三富氏の作品はイギリスの在宅介護者の実状とそれに対する政府、地方行政区、団体の対策を克明に明らかにした貴重な現状分析的作品である。福祉多元主義や混合福祉に関する議論が台頭する中で、インフォーマル部門に対する関心は高まってきていたが、在宅介護の実態について我が国では十分に知られていなかった。同氏は、この在宅介護に関するまことに手堅い事実を私たちに指し示している。紹介はイングランドのみならずウェールズ、スコットランドに及び、一般の在宅介護者のみならず児童の、そして少数民族の在宅介護者に及ぶ。選考委員会での議論は、そうした分厚い事実の論理的脈絡の付け方、もしくは、分析のフレームワークに難がないのかとの指摘があったが、従来手つかずの領域に想像を絶する広範な資料を渉猟した実証の重さは充分に評価するに値すると判断した。




3.その他の候補作品について

候補にあがりながら選にもれたいくつかの作品についての若干のコメントを許されたい。李捷生『中国「国有企業」の経営と労使関係』は中国の国有企業の労使関係について手堅い分析であり、候補作品の中でも高く評価された最右翼の作品の一つであるが、かつて同氏がこの作品の一部をなす論文について奨励賞を授与されており、学術賞にはなお、理論的吟味と実証の深化が期待されるというやや特殊な事情で選外とした。木下順『アメリカ技能形成と労資関係』は丹念な歴史的作品であり、別の評価もあり得ると思われるが、論旨の首尾一貫性がやや不安定でタイトルと内容との齟齬が問題とされた。松村文人『現代フランスの労使関係』は同書第1部は賃金制度論として完成度が高く評価できるが、フランス労使関係の全体像のイメージがなお鮮明に伝わってこない点が惜しまれるという意見が出された。

以上が本選考委員会の経過及び結論である。


2001年5月26日


2000年度社会政策学会賞選考委員会
委員長 石田 光男
委員  荒又 重雄  松崎 義  上田 修  武川 正吾





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