社会政策学会賞 選考委員会報告




 

第2回(1995年)学会賞

選考経過報告


 昨年度から始まった学会賞の選定は、選考委員の任期が2年であるため、昨年同様、西村豁通、加藤佑治、竹中恵美子および栗田健の4名で構成される選考委員会で行われた。規定により、本年度の授賞対象としては1995年中に発表された図書・論文で、本会会員歴3年以上の会員の業績である。因みに、未開拓領域にメスを入れた注目すべき作品として奨励賞と目された二木立会員の『日本の医療費』(医学書院発行)は、同会員の会員歴の不足によって選考対象からはずされている。
 前回の報告で指摘しておいたとおり、この選考にあたってもっとも困難な事情は会員業績の把握であるが、これを考慮して今年度はまず幹事に対して推薦を依頼し、選考委員会に先立ってこれを集約した。また、本部の法政大学大原社会問題研究所がその調査機能を発揮して、96年中に出版された文献の中から会員業績をリスト・アップして提供して下さった。これを選考委員に配布して事前のチェックをお願いし、96年3月8日に第1回選考委員会を開き、昨年の審議で決定した次のような選考の原則を再確認した。
1) 選考委員の業績は選考の対象としない。
2) 有資格者は1993年春の大会以前の入会者とする。
3) 1995年中に発行された作品に限定する。
 この委員会では、精査すべき作品を選定し、委員が分担して内容をチェックすることとし、10数点を選び出して、各委員が担当する文献を決定した。
 次いで4月2日に第2回選考委員会を開催し、各委員の検討結果を持ち寄って候補作品を決定し、さらにその中から授賞すべき作品を絞り込む討議を行い、その結果、上記の受賞作品を決定した。
 第2回の学術賞に選定された岩田正美会員の『戦後社会福祉の展開と大都市最底辺』は、戦後の社会福祉が普遍主義に立つ近代化を遂げる中で、その反面として生活の自助原則が強調され、それが国籍と社会への帰属を援助の条件とするにいたったのに対して、「不定住的貧困」がその対象から取り残される結果となったことを明らかにした研究である。注目すべきことは、この「不定住的貧困」がどのような経路を経て形成されたかを、大量の個別ケースを丹念に分析して具体的に明らかにしている点であり、原理的な検討と実証的な分析を統合して、社会科学的な方法に基づいて社会福祉・貧困問題の研究水準の向上に大きく寄与した作品であると評価された。学術賞の候補として最後までこの作品と並んで検討された猿田正機会員の『トヨタシステムと労務管理』は、その包括的で丹念な分析については高く評価されたが、野村正實会員や鈴木良始会員の最近の業績など、多くの研究が行われているこの分野の研究水準を高める積極的な貢献について疑問があり、残念ながら選考から外れた。
 奨励賞を受賞した木本喜美子会員の『家族・ジェンダー・企業社会』は、現在<近代家族>が危機に陥っている理由を、この家族モデルの性別分業という基本構造に求め、それを支えてきた企業社会との関係を立証した作品である。ジェンダー・アプローチを企業社会に適用したこの分析は、現在の研究のフロンティアを示すものと評価されたが、なお理論の構成部分のそれぞれについての検討を深めることが期待されている。
 白木三秀会員の『日本企業の国際人的資源管理』は、企業活動のグローバル化にともなう人的資源管理の変化を、インドネシアへの進出国間の国際比較、日本企業の戦略分析、ヤオハンおよびトミーを取り上げた実態分析、日本における海外企業の場合の対比などを通じて明らかにしたもので、多くの研究が行われているこの分野でのまとまりの良い成果に評価が高かった。
 選外となった候補作品は、いずれも永年の研究が蓄積されたもので、注目に値する文献であるが、小笠原会員の業績は、研究対象の経営者団体の機能という問題と、新自由主義批判という現代的課題との統一の点で難点があり、また、足立会員の業績は、ドイツの研究の紹介という点では出色であるが、この著者独自の問題関心が捉え難く、それぞれに研究内容についての評価は高かったが、残念ながら今回の受賞を逸した。今後の研鑽に期待したい。他に注目すべき作品として伊田広行会員の『性差別と資本制』(日本経済評論社)が話題に上ったが、論点の整理についてなお今後に期待すべきであろうという結論になった。
                           以上。
学会賞選考委員会委員長 栗田 健