第1回(1994年)学会賞
選考経過報告
学会賞規定は1994年5月の幹事会で決定の上総会で承認され,94年7月5日発行の『社会政策学会Newsletter』 NO.1で告知された。また選考委員には西村豁通,加藤佑治,竹中恵美子および栗田健の4名が選任された。
第1回選考委員会は1995年1月28日に開かれ,選考委員の互選によって栗田が選考委員会委員長に指名された。審議はまず選考委員が持ち寄った候補作品をリスト・アップし,受賞作品としての資格のチェックを行ったが,この過程で次のような選考の原則を確認した。
1) 選考委員の業績は選考の対象としない。
2) 「会員歴3年」の認定は,表彰が行われる大会を起点として過去3年の会員歴を有するものとする。
3) 第1回の選考であるため,若干過去に遡って受賞作品を選考するという考え方もあるが,規定どおり1994年中に発行された作品に限定する。
この原則によって,選考委員から推薦された作品のうち有力な数点が候補作品から除外されたため,より広範に候補作品を調査し,あわせて参考に幹事全員に推薦を求めた上で再度選考委員会を開催することとした。
第2回選考委員会は4月22日に開催され,幹事から推薦のあった候補作品もふくめて討議した結果,別記のとおり3点の受賞作品を決定した。
学術賞に選ばれた山本潔会員の『日本における職場の技術・労働史 ・1854〜1990年・』は,近代欧米産業技術の導入に始まる日本資本主義における工業技術の展開を詳細かつ包括的に考察したものであり,山本氏が,これまで行ってきた各産業分野での実態調査において常に重視してきた,経済的基礎過程分析の集大成である。この作品の特徴は,著者が一方では社会的対抗の系譜としての労働史について厖大な研究蓄積を持ち,その重要性を強調しながら,もう一つの面としての労働の技術とそれに基づく人間の関係を解明するこの分野での分析を,極めて綿密に行っているため,技術の歴史が社会の歴史として描かれていることである。その総合性はこの著者のみに可能であると言ってよい到達点を示している。
奨励賞の受賞作品のうち上井喜彦会員の『労働組合の職場規制 ・・ 日本自動車産業の事例研究』は,同氏がこれまでに参加した実態調査において担当した大手自動車メーカーの労使関係の実態分析を,その形成過程とその結果として残された構造とをあわせてまとめあげたものであり,かねてからその集成が望まれていた研究である。この会社の労使関係は日本労使関係の一典型として多くの研究者の注目を集めており,関係する文献も多いが,上井氏の研究業績はそれらの研究にとっての原点でもあり,また集約点でもある。日本の企業別組合がどのような内容をもって労働組合機能を実現しようとするか,そして日本の企業がどのような労働組合機能を許容するかという,日本労使関係の中心的な課題を正面からとらえた業績として,その研究は日本労使関係研究にとって基底的な意義をもっている。
奨励賞のもう一つの受賞作品となった佐藤忍会員の『国際労働力移動研究序説 ・・ ガストアルバイター時代の動態』は,外国人労働者問題について常に比較研究の対象とされるドイツ(西ドイツ)のガストアルバイター問題の歴史的展開と,この労働者類型をめぐってドイツの産業内に形成されている経営労務体制を分析した作品であり,3年半にわたる滞独生活を含めて10年以上の長い研鑽の集積である。ガストアルバイターがドイツの労働者として定着するまでの労働政策や労使関係機関の活動と,この労働者たちを受け入れるために経営内に作り出された熟練形成やキャリア形成の仕組みを,それがはらんでいる矛盾や限界を含めて,高い実証性で解明しており,外国人労働者問題の研究水準を飛躍的に高めた完成度の高い作品である。外国研究という類型比較の視点を越えた,いわば当事者的な視点からの分析は,この普遍性の高い問題領域の研究として,今後の研究の起点となる業績と評価してよいであろう。
なお,今回の選考作業では,厖大な会員業績を把握することをはじめ多くの困難があった。会員業績リストも選考には間に合わないきらいがあり,また選考委員の個別的な会員業績の情報では不完全になる恐れがある。今後は候補作品のリスト・アップの活動を強化する必要があろう。経験を重ねながら円滑で疎漏のない選考方法を見出すよう努力したい。今回は選考の手順に含まれていなかったため果たすことができなかったが,有力な候補作品のリストを公表することも,さしあたって目標とすべき作業であると考えている。
以上。
学会賞選考委員会委員長 栗田 健
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