高田 一夫
アメリカのボランティア精神と募金
アメリカ社会の特徴のひとつは、ボランティア精神でしょう。トックヴィルというフランス人が、19世紀半ばに書いた『アメリカの民主主義』という本にも、アメリカ人は何か、困ったことがあるとすぐに、集って行動する、と書いてあります。政府に頼らず、市民が自ら問題を解決しようとするのが、アメリカ流なのです。Independence=自主独立がアメリカのもっとも大切な価値です。
NPOやボランティアが、アメリカで盛んなのは、こうした歴史的背景があるからです。個人も企業も、こうした団体から、さかんに寄付を求められます。寄付というのは、アメリカではよくみられることです。私のせまい経験でも、労働団体の集会のレセプションが、募金パーティになったのに出くわしたことがあります。主催者は、募金を競わせ、参加者は次々に立上がっては、一席ぶち、「おれはいくら、いくら、出すぞ」と、いささか異様な雰囲気でした。これを英語では、fund raisingといいます。
寄付を求める手紙が、郵便物の中でいちばん多い、とわたしの知合いは、うんざりした顔で話してくれました。応じると、さらに手紙が来る。もう寄付したはずだが、と問い合せたら、「一度応じてくださった方は、また出してくださる確率が高いので、再度お願いしています」という返事だった。
ことほど左様に、募金は、もう、一種のビジネスなのです。NPOには、どこにも、募金専門の職員がいます。大学もNPOですから、私のいる大学にも勿論、います。Developmentという部署がそれにあたります。学部や大学院レベルにもありますし、大学本部にもあります。私のいるイリノイ大学は、州立大学ですが、大学の予算の7割ほどは、州政府以外からの金です。それほど、募金は大きな広がりを持っているのです。なかには、全国展開をしている募金専門団体もあるほどです。
先日訪問したユナイテッド・ウェイという団体はその代表的なもののひとつです。寄付する気はあるが、どこに寄付していいか分らない、という人たちのために、作られた団体です。集めたお金は、社会福祉活動を行っているNPOに配るのです。日本では、これは政府がしている活動です。日本政府は、税金を集め、直接、福祉活動をしたり、補助金を出したりしているからです。
こうした活動を民間団体がしているところに、アメリカのユニークなところがあるのです。国家と市民社会とが切離されていないのです。市民が公共的なことに積極的に関与していく、これがアメリカ流です。ここに、アメリカ民主主義の原点を見ることができます。ファンド・レイザー、すなわち募金係りは、れっきとした職業です。優秀なファンド・レイザーはスカウトされます。どの団体ももっと、お金を集めたいからです。わがイリノイ大学は、3つのキャンパスを持っていますが、そのひとつ、シカゴ・キャンパスのファンド・レイザーは13万ドルの年俸をもらっています。これは、もっとも給与水準の高い法学部(アメリカでは、学部間で大きな給与格差があります)の、正教授なみの給与です。
もちろん、腐敗問題もおこります。このイリノイ大学の募金係は、不正経理で追求され、契約を解除されました。また、地元警察の福利団体では、集めたお金の7割を募金係の給与に払っていて、問題視されています。とはいえ、ファンド・レイザーは一様に、如才なく、雄弁で、いかにもアメリカ人といった興味深い人たちです。ヨーロッパ人から見ても、アメリカ人というのは、明るくて自己主張が巧み、悪くいえば「巧言令色少なし仁」の典型に見えるようです。私には、ファンド・レイザーは、そうしたアメリカ人の代表のように見えるのです。
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高田一夫 Kazuo Takada(一橋大学)
Visiting Scholar
Institute of Labor and Industrial Relations
University of Illinois, Urbana-Champaign
504 E. Armory Ave., Champaign, IL 61820-6297
〔2000年8月寄稿〕
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