社会政策学会 談話室



大谷 強

地域生活は「におい」から
人間の感覚を大切にする社会に

イタリアからの始まり
 さぁて、なにから書き始めようか? 宇治に住んでいるので「茶の香り」と題したから、「におい、嗅覚」から入ろう。
 2001年は「日本におけるイタリア年」だった。おかげでイタリアワインや食材がデパートで販売されたり、絵画などの展覧会も数多く開催された。その一つに「科学とテクノロジーの世界」と題した博物展があった。

神の世界から現実の世界に――ルネッサンスの画期的な点
 イタリアと言えば、フィレンツェなどルネッサンスを思い浮かべる人が多いだろう。暗黒の中世に対比した「明るい夜明け」が近代を切り開いたといわれる。もっとも、中世が全て暗黒だったわけではないし、現代もいいかげん、暗黒であることはいうまでもない。
 ルネッサンス時期にはレオナルド・ダ・ヴィンチとかガリレオ・ガリレイという巨大な科学者がさまざまな発明・発見をして活躍した。
 ガリレオ・ガリレイの言葉に「われわれの議論は紙上の世界ではなく、感覚される世界をめぐるものでなければならない」と言い切っている。21世紀の私たちにとっては当たり前ではないかと思う。といいつつも、周りを見渡すと現在でも「紙上の議論」が多いことにあらためて気がつく。

人間をまず重視した時代の幕開け
 では、ガリレオは、なにを提案しているのだろうか?それまではキリスト教がヨーロッパ世界の人々の暮らしや考え方を支配していた。論争というのはバイブルをどう解釈するかをめぐって行われていた。
 バイブルといえば「バイブルよりもライフルを」と主張して、恵み豊かと思われていた施設から危険が待ち構えているかもしれない地域社会にあえて出た70年代アメリカの障害者市民の自立運動を連想する私です。

 どういう解釈になっても普通の人々の生活には関係なかった。これを「神学論争」というが、この言葉は日本の国会でも最近交わされていた。
 成功しても失敗しても神が導き定められた予定調和の世界という解釈が人々に示される。どんな不都合なことや嫌なこと、つらいことでも神様の思し召しになってしまう。ガリレオたちは神の世界ではなく人間の世界に関心をもった。
 その第1歩が人間の生身の感覚を大切にする観察であった。彼らはこの感覚によって世界のあらゆる情報を手にして新しい発想を生み出す。得られたデータを論理的に解釈して世界を再構成するという科学的手法を確立した。

におい、香りに着目
 神には感覚はないというか、人間くささを嫌う。そう、最初にあげられる感覚が「嗅覚」である。つまり、「におい」だ。動物は「におい」をそれぞれの場所や樹木などに付けるて、自分の縄張りを主張している。自分の領域を確認する本能であり、集団生活や外界との距離感を示唆するものである。

 人間も同じだ。一緒に生活しているメンバーにはそれぞれの「におい」がある。いつもと違う香水が薫ると、どこに行ったかばれてしまうってこと、経験ないだろうか。あるいは、カレーとか焼肉料理など食事の行動がふだんと違うこともすぐ分かる。
 住み慣れた住居にも「におい」がある。むしろ、自分なりの「におい」が漂う場所が「私の住まい」といえる。作業所や工場、お店など、年季が入ったところほど、それぞれの「におい」が染付いている。目で見なくても、ここはどこか、分かる場合も多い。
 人間が生活する場所、「居場所」を「におい」を手がかりにして考えてみたら、多分面白いと思う。私は病院の薬品・洗浄剤などが混じった「におい」に取り囲まれると、気分まで落ち込んでしまう。

まちづくりも「香り」が決め手になる
 大阪環状線・近鉄の鶴橋駅に立つとお腹が「食べたいな」と声を上げる。いや東京から大阪に戻ってきたとき、なんとなくほっとするのも「浪速のにおい」を感じるためだろう。嗅覚を研ぎ澄ますと、地理にまで広がる。

 あなたの好きな場所、街はどんな「におい」がするだろうか。あるいは、自分らしさを発揮できる場所にはどんな「香り」を漂わせたいだろうか。
 住み慣れた住まいというが、そこで暮らす人が自分たちで作り出している好みの「香り」もあれば、私にはここはいやだから飛び出たいと思わせる「におい」もある。障害者市民・高齢市民が住みやすい住宅を建設しようというときに、そこの住人作り出す「におい」があってはじめて、私の居場所と言える。
 バリアフリーとか障害者市民対応住居などは大切だ。自由に行き来できる「まちづくり」や交通アクセスも重要だ。使い勝手の良い駅舎や明る公共ホールも建設してほしい。しかし、どうも新設のガラス張りや立派なじゅうたんが敷き詰められている建築ほど「無味無臭」というところが多い。人間くささを感じることがないと、冷たい場所になってしまう。我が物として使いこなすうちに自然と染み込んでいくのだろうか。

 第1回目は香り豊かな文章になっただろうか。各人好みのお茶の香りを味わってほしい。


〔2002年5月21日掲載〕



 本稿は、大谷強会員が(関西学院大学)が、積木屋・豊能障害者労働センター(大阪府箕面市)の機関誌『積木』に「宇治茶の香り」と題して連載されているエッセー集の第1回です〔第141号に掲載〕。大谷会員の個人サイト「ノーマライゼーション政策研究」の《一人十色》欄にも掲載されています。今回、大谷会員のご厚意で本欄への転載をお認めいただきました。


【関連情報】
「ノーマライゼーション政策研究」
 本サイトは、大谷強会員が、ノーマライゼーション、社会福祉、介護保険などについて活発に発言されている個人サイト。以下は、いずれも上記サイトの内容です。どの欄も、頻繁にコメントが追加されています。

介護保険と市民社会
障害者の権利と政策
新たな公共を創る社会政策
市民主権と中央集権との争い
一人十色

豊能障害者労働センターについて
イタリアワイン紀行
宇治茶
香りの用語辞典

 なお関連情報は、二村一夫が勝手に加えたものです。


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