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第19回(2012年)学会賞 選考委員会報告

 

2013年7月22日

第19回(2012年)学会賞選考委員会報告

学術賞
  該当なし
奨励賞 
  福澤直樹『ドイツ社会保険史: 社会国家の形成と展開』名古屋大学出版会
  横田伸子『韓国の都市下層と労働者: 労働の非正規化を中心に 』 ミネルヴァ書房
  吉田健三『アメリカの年金システム 』 日本経済評論社

第19回(2012年)学会賞選考委員会報告

委員  猪飼 周平  禹 宗杬  土田 武史  服部 良子(委員長) 平岡 公一

1 選考経過

 2012年10月の幹事会で上記5名の選考委員が委嘱された。
 学会賞の対象となる文献の選定にあたり、ニューズレターと学会ホームページにおいて自薦、他薦を募ったところ、それぞれ1点ずつの推薦があった。また、2012年12月末にワールドプランニングから会員名簿を取り寄せ、大型書店のデータベースを用いて2012年1月から12月までの間に刊行された会員の著書を検索し、そこから会員暦3年以上の会員の単著とされる77点を選び、その文献リストを各委員に送付した。

 第1回選考委員会を2月7日に早稲田大学で開催した。最初に、学会の選考規程に照らして文献リストの点検を行い、単著でないもの、教科書、法令集などをリストから除外し49点が選考対象となった。選考対象の文献ごとに2名の委員に担当を割り振ったうえ、次回の選考委員会までにそれぞれ候補作をリストアップし持ち寄ることとした。また、重ねて選考にあたっては学会規程と慣例に基づいて行うことを確認した。なお確認に際しては、土田委員のお骨折りにより選考対象作の実物のうちの大半が委員会席上に準備頂けたため迅速かつ正確な審査が可能となった。

 第2回選考員会を3月10日に早稲田大学で開催した。リストアップした49点の作品について、各担当の2名の審査結果をもとに一点ずつ審査を行い、学術賞および奨励賞の最終選考にかける作品として、あわせて8点を選考した。またこの時点で最終選考候補作とするかどうかについて確認を要するものとして1点が残った。その採否についてはメール等で連絡を行い、次回に最終確認をすることとした。
 次回の選考委員会までに最終候補作品の全てを各委員が精査し、学術賞および奨励賞のそれぞれ受賞候補作について検討結果を持ち寄ることとした。

 第3回選考委員会を4月18日に早稲田大学で開催した。先の選考委員会で最終選考にかけるかどうか決定していなかった1点について検討を行い、対象から除くこととした。最終選考に残った8点について、学術賞および奨励賞について検討した結果、学術賞については該当なし、奨励賞として3点の著書を選考した。

2 選考理由

 奨励賞の3点についての選考理由は以下の通りである。五十音順に掲載する。

 福澤直樹『ドイツ社会保険史-社会国家の形成と展開』名古屋大学出版会は、ドイツの社会保険について、その形成から1990年代まで(主として1970年代まで)の展開過程を分析したもので、ドイツ社会保険に関する本格的な歴史研究として評価できる。古くて新しい重厚な論点から出発しており、その意味では社会政策の基礎にかかわる著作である。ドイツ社会保険の歴史的展開のなかでの重要な局面、研究史上の重要な論点について、掘り下げて検討している。文献と一次資料を丹念に検討した上で、わかりやすく図表化していることや、豊富な文献研究にあとづけられた叙述がなされていることなど、資料の渉猟と分析における豊富な投下労働がうかがわれる。また、社会保険を歴史貫通的に見ることで「福祉国家(社会国家)に内包される共同体的性質ないし連帯性の歴史的に裏付けられた論理」を検証するという分析視角が基本にあるものと思われ、異なるレベル・枠組みの連帯性の間の関連や国家の積極的な機能の発現などの観点で政策展開が意味づけされている。歴史研究と政治学・社会学的研究のアプローチの違いということであろうか。本書に続く今後の研究成果が期待される。
 その一方で本研究の目的が本書によってどのように達成できたかについては不明瞭な印象も残る。とくに本書の副題となっている「社会国家」に関して序論と第6章で触れられているだけで、成立についてもその後の展開についても特に言及されていない。副題にもかかわらず、社会国家についてのまとまった議論を欠いていること、また政治学・社会学の福祉国家研究に批判的に言及する一方、それに代わる理論枠組みは提示されていないことが惜しまれる。

 横田伸子『韓国の都市下層と労働者: 労働の非正規化を中心に 』(ミネルヴァ書房)は、経済成長の本格化した1960年代から現代に至るまでの韓国の労働市場の構造を分析している。すなわち「分断的労働市場」という視点に依拠し、大企業・重化学工業・男性生産労働者という中核労働者の内部労働市場と、中小企業労働者をはじめとする周辺労働者の外部労働市場からなる分断的労働市場体制をなすとする韓国労働市場の実態と歴史的推移などを包括的に分析したものである。すなわち韓国において1960年代後半から80年代初めにかけて大量の離農民により形成された「都市無許可定住地」の就業者の特性として、都市インフォーマルセクターとフォーマルセクターの間を頻繁に往復する交流関係をとらえ、都市下層の形成過程と開発年代の労働市場構造をあきらかにしている。資料の制約の大きい中、実証のために、主要統計の原資料や多様な文献にあたるとともに図表の利用が巧みであることを評価したい。
 ただ終章での総括的な議論が実証研究の知見を整理の後、「新しい労働運動モデル」の簡単な提示にとどまり、理論的な総括や「労働市場構造」の展望の議論がみられなかったのはやや物足りない。また、日本の先行研究との関連についてはかなり論じられているが、韓国の学会での研究に対する本書の貢献について、著者の考えるところは読み取れないことが惜しまれる。

 吉田健三『アメリカの年金システム (アメリカの財政と分権) 』(日本経済評論社)は、アメリカの社会保障年金と企業年金の歴史的展開の検討をふまえて、「年金システム」の全体像を明らかにしようとしている。とくに「福祉資本主義」モデルとしての企業プラン(アメリカ・モデルの原型)が破綻したことをペースにして、その後の展開過程をアメリカ・モデルの隘路を克服する過程として描いている。また、エリサ法の生成と展開過程を克明にたどっており、401Kに連なっていく論理が明確にされている。この分野については既存の研究が多いが、歴史的な一貫した視点で考察したことは評価できる。さらにブッシュ政権の提案などこれまでほとんど触れられてこなかった事柄についても丁寧な分析が加えられ、アメリカの社会保障年金をめぐる動向が明確にされている。
 アメリカの年金システムを、社会保障年金と企業年金(雇用主提供年金)の「公私二層システム」としてとらえ、それが、前者の基礎的保障の論理と後者の受給権保障の論理で構成される政策論理に支えられてきたものとみなし、このシステムが「福祉資本主義」の年金の消失リスクと、任意性の限界への対応から発展してきたとみる。このシステムが「福祉資本主義」の年金の消失リスクと任意性の限界への対応から発展しているとするのが著者の視点である。一貫してこの視点にそくして分析がおこなわれている。ただジェンダー問題や雇用政策との関連などの考察がない。また、福祉国家レジーム論によるアメリカ福祉国家のとらえ方への批判については課題が残る。

 受賞作の選定には至らなかった学術賞ならびに奨励賞候補作について若干の講評を記しておく。

 玉井金五『共助の稜線』(法律文化社)は、前著『防貧の創造』以降の論文を収録した論文集であり、アジア視点からの日本の社会政策の捉え直し、日本の社会保障政策の特質の解明、〈労働〉系と対比される〈福祉〉系社会政策論の意義の確認、〈経済学〉系社会政策論と〈社会学〉系社会政策論の系譜の解明、〈都市〉社会政策論特に「大阪での社会政策の実験」の検討などが主題となっている。そのなかに近現代日本の社会政策(論)の特質の解明という問題関心が一貫して存在している。
 全体に広い視野からの議論が展開され、斬新な発想からの多くの貴重な問題提起を含んでいる。とくに90年代以降の日本経済と日本社会が直面している課題を、格差・貧困と国民皆保険・皆年金体制としての「財政調整」型社会保障とする点は日本型社会政策の特質として深めるべき課題の指摘である。また、20世紀の日本の福祉システムと社会政策の変遷の考察のなかからアジア間比較の座標軸を提起している分析は貴重である。ただ収録論文のもともとの性格もあって、個別の論点、たとえば、〈労働〉系と対比される〈福祉〉系社会政策論の共通のルーツ、相互の交流・交錯などについて掘り下げた議論がなされていない場合があるのが惜しまれる。

 鈴木和雄『接客サービスの労働過程論』(御茶の水書房)は、日本ではこれまで本格的研究が少なかった「接客サービス労働」について、主としてアメリカの研究成果を用いて考察している。接客サービスの労働過程を、接客労働の3極関係、感情労働、労働移転の3つの問題に即して、理論的に分析、検討した研究の集大成といえる。接客サービス労働を分析するにあたって、こうした重層的分析をとることで接客サービス労働の特性と変化が明確にされている。とくにアメリカの研究成果から感情労働の役割が接客労働の理解にとって決定的重要性を持つという著者の主張が明確にされる。
本書の長所は、先行研究をふまえ、接客労働を取り巻く諸状況、および諸関係の概念を綿密に検討していることである。かなりの部分を社会学的な労働研究に依拠し、それを労働過程論の枠組みに取り込もうとしている。ただし、概念の検討において、労働をめぐる階級的対立という観点が直裁に投影され、積極労働、統制などの概念についての分析が十分に行われていない点が残念である。また労働市場や労使関係を捨象して労働過程に集中し、日本の実態をふまえた検討あるいはアメリカ、日本などの社会的/歴史的文脈を考慮しない分析がどこまで有効かという疑問も残る。

 近藤克則『「医療クライシス」を超えて:イギリスと日本の医療・介護のゆくえ』(医学書院)は、イギリス医療改革の考え方と成果をふまえて、日本の医療制度危機からの脱却の方途を論じている。国際的医学雑誌にみる健康格差研究の成果、イギリスの医療改革についての的を射た理解と解説、日本の医療改革についての議論の展開は評価に値するが、立場の明快さに対して議論の客観性に疑問が残るとする意見があった。

 所道彦『福祉国家と家族政策』(法律文化社)は、他分野での議論をふまえた家族政策の概念・枠組みの検討にもとづき、90年代~2000年代のイギリスの家族政策を概観し分析している。イギリスの給付パッケージを用いた国際比較で、イギリスの(特に労働党政権期の子育て支援策が低所得者層に手厚いという特徴が明らかになった点が注目される。また日本の家族政策に対して示唆するところも多い。ただし、本書の中心である英国の家族政策の検討が分析的というよりは概して叙述的で、著者自身が認めるように「流れの整理」にとどまっているところは惜しまれる。また、家族および家族政策の概念の検討から最近の研究にいたるまで、イギリスの家族政策を多角的に論じていくとき、福祉国家論や福祉国家の家族政策を論ずる際、90年代以前が少ない点が気になる。50年代までさかのぼって社会政策の争点の検討がなされるなら90年代以降の問題が明確になるとおもわれる。

 以上が本審査委員会の選考の経過および結果である。最後に、第19回(2012年度)学会賞選考委員会開催と進行にあたり、前年度にひきつづき委員会会場提供をはじめ会議準備、選考対象文献リストの作成、さらには実物文献の調達準備などの多大な労をとられた土田武史委員に謝意を表する。