社会政策学会第98回大会報告要旨集




テーマ別分科会1 社会保障部会―社会保障構造改革の現状と課題

設定の趣旨

座長 相澤 與一 (長野大学)

今日、「社会保障構造改革」「社会福祉基礎構造改革」のスローガン野本、社会保障体制のリストラクチャリングが推進されつつあります。その背景や意義、その実態、予想される影響などを研究する必要は当面の重大事です。報告者を二名にしぼり、質疑と討論もできるだけ行いたいと思います。
 報告1 田多英範会員「先送りされる社会保障構造改革」
    報告の趣旨は報告題の通りです。
 報告2 平野隆之会員「介護保険と地域社会」
    「地域介護様式の特性と介護保険制度による調整」をイメージし、具体的には「大都市・都市・農村の三つのレベルを取り上げ、これまで形成されてきた地域介護様式が公的介護保険制度によって、どのように変容を受けるかを、それぞれの事例地域を通して検証する。」新たな制度のなかで「よりよい地域介護様式を形成しようとすると、どのような選択が自治体や住民に有るのか、などを検討する。」

先送りされる社会保障構造改革

田多 英範 (流通経済大学)

1 膨張する社会保障費用
1980年代制度改革(財政対策、財政調整)
   医療費用の増大(年々老人医療費を中心に1兆円規模で拡大)
年金費用の膨張(年々1,2兆円規模で拡大)
   少子・高齢化対策の本格化

2 行き詰まる社会保障制度
バブル崩壊後の長期的経済停滞
医療保険財政の悪化
 保険料収入、相対的減少 老人保健制度への拠出金増加
 保険財政赤字化
  一制度の赤字から制度全体の赤字化へ
募る公的年金制度への不信感
費用の膨張と収入の伸び悩み
 漸進的年金制度改革(保険料引き上げ、年金額削減)
国民年金制度の空洞化
厚生年金基金の崩壊
維持困難な社会保険制度

3 迫られる社会保障構造改革
橋本内閣の6大構造改革
    バブル崩壊、大競争→負担面からの限界、高コスト構造の改革
社会保障構造改革
 医療保険制度改革案
     老人保健制度、出来高払い制の見直し
     高齢者医療制度の新設案、日本型参照価格制、点数表の改正案
 年金保険制度改革案
  99年財政再計算期、財政構造改革法
  給付水準の大幅引き下げ、支給開始年齢引き上げ論、国民年金制度全額国庫  負担論、厚生年金制度民営化論
 社会福祉基礎構造改革案
社会福祉法人制度、措置制度の見直し
4 先送りされる社会保障構造改革
深刻な長期不況下、政治的に、経済的に構造改革すすめられず

地域介護様式の形成と介護保険制度

平野 隆之 (日本福祉大学)

1.問題意識の紹介
 本報告は,地域福祉研究と社会政策研究との接点を模索することを1つのねらいとしている.地域福祉の研究分野では,「地域の福祉力」といった用語を用いつつ,住民参加の福祉活動の水準を表現しようとしてきた.ただし,地域比較に耐えうる指標化にまで至っていない.最近高齢者介護分野に限定する形で,福祉サービスの全国データをもとに,「地域介護力」の指標化による全国的な市町村比較が試みられた(高橋紘士監修『地域介護力』中央法規).介護保険制度導入を見据えた地域差の分析と是正策の提案として注目される.
 これらのフレームの延長線上に「地域介護様式」を設定し,介護保険制度環境のもとでの形成・変化を考察する.「地域介護様式」は,介護資源とかかる介護資源の運営ソフトの組み合わせからなる資源的規定と,「地域が選択する」介護様式,「地域が参加する」介護様式,「地域ニーズに対応する」介護様式,「地域のなかでの介護」の様式といった地域福祉の目的的な規定との二面をもつと仮説的に考えている. 
 介護保険制度環境には,保険給付範囲,保険料の設定,認定基準,指定基準,介護報酬,介護計画支援さらには広域対応などの諸手段が含まれ,それらによって「地域介護様式」の形成は影響を受けることになる.これまでの「地域介護様式」に対して,介護保険制度環境がそれをどう誘導し,結果としてどのような地域選択が進むかについて,これまでの諸調査結果を踏まえて若干の考察を行う.

2.4つの調査研究からの考察
 今回は,地域福祉研究の立場から「地域介護様式の形成と介護保険制度」に関連する調査研究を4つの項目に集約する形で報告する. 
1)地域の自発性と介護保険制度
 地域が参加する新たな介護様式の提案といった開拓的な実践に相当する痴呆高齢者への「小規模ケア」の全国調査結果(1998年実施)の分析から考察を加える.
2)介護資源の地域運営ソフトとしてのネットワーク会議と介護保険制度高齢者サービス調整会議等の数カ所の事例研究結果を通して,ケアマネジャー中心のカンファレンスへの移行が,地域介護様式の形成に与える影響を考察する.
3)介護様式の地域階層性と介護保険制度
 個別の介護世帯のニーズ把握とは異なって,「地域ニーズ」として現象する1つの例として,高保護率地域における介護保険ニーズ等を調査することによって,介護保険制度の運用の課題を考察する(生活保護世帯介護ニーズ調査:1997-8年).
4)社会介護の費用帰属実態と介護保険制度   
 介護報酬方式の導入は,社会介護の費用帰属実態を見えやすくする.保険料の設定に集約される地域介護様式の選択がどうすすむのか.社会介護の費用帰属実態に関する諸調査結果から考察する(岩田・平野・馬場『在宅介護の費用問題』中央法規,1996などから).





テーマ別分科会2 労働史部会―イギリス労働史研究のフロンティア



設定の趣旨

座長 市原 博(城西国際大学)

 労働史分科会は、実質的な立ち上げとなった1996年度の分科会で、経営史分野での近年の労働に関する研究成果を労働史研究が受け止める方法を検討し、そこで論点として検出された「企業内の階層性」(一般労働者・現場監督者・技術者の階層性を帯びた分業関係)の問題を、翌年の分科会で国際比較の観点から具体的に追究した。昨年の分科会では、日本労使関係史の研究成果に対する隣接研究領域からの問題提起を受け、その豊富化に向けた道筋を討議した。労働史研究の課題や方法を探求してきたこれまでの分科会の成果を踏まえ、本年の分科会では、労働史研究の原点に立ち返って、研究の最先端の現場で生み出されている地道な実証研究の成果を取り上げ、その共有化を図ることにした。
 対象をイギリス労働史に設定したのは次のような理由からである。イギリスの労働者階級に関する日本での研究は長い歴史と豊富な成果を有し、そこで形成されたイギリス労働者階級像が、日本労働史研究者による日本の労働者理解に多かれ少なかれ一定の影響を与えてきたことは大方の認めるところであろう。しかし、近年、従来のイギリス労働者の像を豊富化し、さらにはその新しい姿を描く研究が出てきている。そうした研究成果を共有し、労働史研究の様々な分野での研究の進展に生かして行くことには意義があろう。
とはいえ、短時間の分科会でそれほど包括的なテーマをこなせるわけではない。分科会では、世紀転換期に絞って、イギリス労働者の理解に興味深い論点を提起する報告を受け、討議したい。その際、重要な論点となるのが、均質で一体性をもったイギリス労働者階級という、暗黙のうちにも存在したように思われる観念である。労働貴族や職能別組合の研究においても階層や職業の区分の内部では存在したかに認識されたこうした観念が、イギリス労働者の実像を正しく理解する上で有効かどうかを考えたい。冒頭のテーマに「フロンティア」とつけたのは、こうした意味である。
 本分科会はイギリス労働史の専門部会ではない。イギリス労働史と縁のない者が座長を務めるのがそれを象徴している。日本や他国の労働史研究者の積極的な参加と発言をお願いしたい。




世紀転換期ウェールズにおけるペンリン争議

久木 尚志 (北九州大学)

エスニシティにかかわる諸問題を視野に入れた労働史研究は、近年になって数を増しつつある。しかしそれらが単純な還元論的理解に陥りがちな傾向にあることも、あながち否定できない。「労働者階級の一体性」を追求する代りにナショナル・アイデンティティの実体的把握を目指すだけでは、労働史研究の新たな方向性は見えてこないのではないだろうか。そこで本報告では、イングランド中心になされてきたブリテンの労働史研究のあり方を問い直すとともに、労働史研究の新たな可能性を見出すため、世紀転換期に北ウェールズで発生したいわゆるペンリン争議(Penrhyn Disputes)を取り上げ、この争議が提起した問題について検討を行なう。
ペンリン争議は、二度にわたってカナーヴォンシャ・ベセスダのペンリン・スレート鉱山で生じた。ペンリン鉱山は18世紀に開発が始まったスレート鉱山(quarry)であり、地方名望家ペンリン卿ダグラス・ペナント家の下で19世紀後半には世界最大の産出高をあげている。切り立った崖からスレートを切り出すなど危険の多い職場で働く労働者に要求される熟練の度合いは高く、彼らは自らを「連合王国でもっとも優秀な労働者」と自負していた。1874年以降、職種にとらわれない「北ウェールズ鉱山労働者組合(NWQU)」が形成され、経営側からも一定の自治を認められて、独自の世界が築き上げられた。
しかしダグラス・ペナント家の代替わり(1885年)を契機として、これまでのパターナリスティックな経営方針が転換されることになる。その背景には、国内外でスレート鉱山の開発が進んだことなどがあり、特に輸出競争力の低下に対処するための経営合理化が急務になったのである。その結果、労働過程全般に経営側の監視の目が入るようになり、労使関係は急速に悪化し始める。そして1896年に第一次ペンリン争議(〜1897年)が、1900年に第二次争議(〜1903年)が生じると、中央・地方政府や全国的労働者組織を巻き込み、国内に様々な反応を呼ぶのである。
他に例を見ないほど長期間にわたった争議は最終的に労働者側の敗北で終わるが、争議の過程で対立が彼らの世界の内側だけに限定されなくなるにつれ、外からのまなざしが自らのイデオロギー性をあらわにしつつ、スレート鉱山労働者の世界に対して向けられることにもなった。彼らを見るまなざしは自分たちの許容しうる範囲内でペンリン争議を理解し、それに沿って問題群を配列し直そうとした。その例が第一次争議における商務省介入に見て取れる。1896年に制定された調停法に基づく同省の試みが挫折したのは、最初から個別特殊な地域事情を捨象して争議に臨まなければならなかったからにほかならなかった。同じことはTUC(労働組合会議)やGFTU(労働組合総連合)といった全国的な労働組合組織によるペンリン争議への取り組み方にも当てはまった。これがいっそう複雑になったのは、「団結権」のような外来の組織理念の重視など、この種の戦術的限定に鉱山労働者自身も積極的に関与していたからであった。したがって、鉱山労働者が直面したもうひとつの問題は、スト参加者を支える理念そのものが異質な志向性を包含していた点であったと考えられるであろう。
ペンリン争議が提起した以上の問題を、最初に触れた労働史研究の新たな可能性を意識しつつ分析することが、本報告のねらいである。



19世紀末の労働者クラブと「シティズンシップ教育」

小関  隆(東京農工大学)


 1862年の Working Men's Club and Institute Union の結成を重大なきっかけとして、当初は職人・熟練労働者を中心に、19世紀末以降はさらに雑多な労働者を巻き込んで急速な広がりを見せた労働者クラブは、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのイギリス社会を特徴づける associational culture を代表する任意団体である。初期のクラブのほとんどは、労働者に rational recreation の機会を提供し、結果的に労働者の elevation を実現しようという狙いに賛同する富裕なパトロンによって設立されたものであり、elevation のいわば最もわかりやすい手法である教育活動は、クラブが取り組むべききわめて重要な活動とされた。
 クラブの性格そのものは、19世紀後半を通じて大きく変化する。1870年代頃から、多くのクラブでは労働者メンバーがパトロンによる「上からの指導・援助」と絶縁して主導権を握り、クラブは労働者組織としての性格を強める。elevation の狙いは後景に退き、クラブは徐々に娯楽イヴェントに活動の重点を移していくが、それでも、クラブが何らかの教育的な役割を果たすべきことは世紀末にあっても時々に強調され、少なからぬクラブでは教育的な意図を込めた活動が取り組まれつづけた。
 クラブの教育活動は、具体的には、クラス、レクチャー、討論、コンペティション、「お出かけ」等、多様な形態で展開された。しかし、娯楽色の強い「お出かけ」を主要な例外として、これらの教育活動は総じて多くの労働者をひきつけることに失敗した。こうした事態を前に、クラブの教育的な性格を主張する者たちは、クラブにおける教育がより迂遠なやり方で達成されることを論じる必要があった。クラブ・メンバーシップ自体が教育的な意味を持つ、つまり、クラブで様々なタイプの人間と知り合い、討論し、クラブのいろいろなイヴェントを成功させるために協力し、自分の役割を果たしていくことを通じて、クラブメンは自制心や責任感、人前で話す能力や人を説得する能力を身につけていく、といったように。
 ここで浮上してくるキーワードが education for citizenship であった。19世紀末のイギリスでは、citizen ないし citizenship ということばへの注目が顕著に高まっていた。1867年の議会改革をきっかけとする政治的な民主化は、「労働者の citizen」という新しいカテゴリーを成立させ、彼らを「相応しい citizen」とするための教育の必要性が強調される一方、選挙権を獲得した労働者の側でも、せっかくの権利を活用できる能力を身につけることの必要性が強く認識されていた。そして、このような教育の場として期待されたのがクラブをはじめとする任意団体であり、こうした団体を足場とした「コミュニティへの奉仕」、すなわち公共圏へのコミットメントの重要性が力説された。クラブの教育活動を推進しようとする者たちは、クラブ・ライフこそ民主化された社会を担う citizen、自らの知識や思考に基づいて政治的権利を行使し、同時に応分の責務を果たしうる人間を涵養する、と論じた。19世紀末の労働者は、citizenship ということばを用いて、自分たちのaspirationを表現していたのである。







テーマ別分科会3 少子高齢部会―少子と高齢を結ぶもの



設定の趣旨

座長 高田一夫 (一橋大学)

 少子高齢部会は、昨年組織されたばかりの部会です。このテーマ別分科会が最初の集まりになります。そこで、今回は、この部会の「結成大会」の意味も含めて、分科会を開こうと思います。
 少子高齢化が現代社会の大きな特徴であることはいうまでもありません。また、少子化が人口高齢化の原因であるという因果関係もあります。
 しかし、「少子」と「高齢」では社会問題として、かなり意味が違うと思います。高齢者は非労働力であり、障害者でもあるので、当然何らかの社会的保護が必要です。年金や介護について、どの範囲でどの程度まで保護されるべきかは意見の分かれるところですけれども。
 ところが、少子化は社会問題であるかどうかについても、まだ議論の余地があると思います。確かに若年人口の減少は、高齢者の扶養という点で問題になる可能性はあります。しかし、安定人口に移行すれば、世代間の扶養はそれほど大きな問題とはなりません。GDPが停滞することは確実ですが、それは経済問題であり、日本経済の世界経済におけるシェアという、政治経済的問題なのであって、社会問題とは必ずしもいえません。
 むしろ、少子高齢化とは、社会の基盤である人口構造が変化し、そのため、社会構造にも変化がおこってくるという、社会変動の新しい契機としてとらえるべきではないでしょうか。われわれは、この社会変動を分析し、その意味を明らかにし、さらには社会プランを構想することを目指したいと思います。 この新しい部会が、そのような活動を推進していくひとつの力となることを念願しています。
 今回のテーマ別分科会では、会の運営も含め、今後のあり方について広く討議したいと思います。




少子高齢化時代の社会政策を検討する

塩田 咲子 (高崎経済大学)

  1.  労働政策−−規制緩和 99年4月〜 働き方はどう変わる



  2.  社会保障−−公的生活保障の構造はどう変化


  3.  問題提起:日本はどんな社会政策を選択できるのか









テーマ別分科会4 福祉国家の国際比較

設定の趣旨

座長  埋橋 孝文 (大阪産業大学)

 現在、福祉国家の「国際比較研究」は、従来のような「外国研究」あるいは「各国研究」から一応自立して独自の道を歩み始めようとしています。最近の傾向として、単に制度の比較にとどまらず、制度がもたらしたアウトプット、成果にまで比較分析の領域を広げていること、また、いわゆる類型論を仲介として各国の特徴についての認識が深められてきていることなども注目されます。
 しかし、それらは福祉国家施策のすべての領域をカバーしているというのには程遠く、また、これは福祉国家の定義とも関連することですが、方法論的にもまだまだ検討すべきことがらがたくさんあります。類型論にしても唯一絶対なものはありえず、いくつかの異なる視角からの複数の類型論があってよいことでしょう。
 今回の分科会では、3名の新進気鋭の研究者が、それぞれの視点と方法論をもって、「
福祉国家の国際比較」というchallengingな課題に取り組みます。
 分科会でのディスカッションでは、1)方法論的な検討、2)それぞれの領域から浮かび上がる日本型福祉国家の特徴、という2つの問題について討議を深め、今後の研究の一層の進展に寄与できればと考えています。



公的年金制度における普遍性と最低保障の規定要因

鎮目 真人 (北星学園大学)

I 研究目的
公的年金の支出水準の決定要因については、様々な仮説を土台にして豊富な先行研究がある。しかし、年金制度の仕組み、制度上の諸側面といったいわば質的な側面に対する決定要因を探る試みは、比較的少ない。本研究の目的は、産業化、利益集団、過去の政治構造、過去の年金制度の形態、権力資源等がそうした制度の質的な側面にどのような影響を及ぼしているのかについて探る事にある。また、その際、政治と制度の相互作用についても検討を加える。
II データ
 分析に用いるデータは、1981年から1993年までの期間を対象としており、4時点(1981、1985、1991、1993)に渡って、19のクロスセクションデータ(オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、日本、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ニュージーランド、スウェーデン、スイス、イギリス、アメリカ)がプーリングされたパネルデータである(オブザベーションの合計数は76)。
III 方法
年金の普遍性を測る指標(UNIVERSALIZM)あるいは最低保障の保障度合いを測る指標(MINIMUM)を従属変数とし、以下の変数を独立変数とした重回帰分析である(Pooled Time-Series Regression analysis)。独立変数:全人口に占める65歳以上の者の比率(%AGED)、65歳以上の者の全人口占める割合の平均増加率(AGED Growth)、人口の平均増加率(POP Growth)、国民一人当たり国内総生産(GDP)、国民一人当たり国内総生産の平均増加(GDP Growth)、失業率(%UNEMP)、失業率の平均増加率(UNEMP Growth)、国家(政治)形態(CONSTRCT)、19世紀後半の政治体制(AUTHLEG)、左派政党議席占有率(LEFTCAB)、中道政党とキリスト教系政党の議席占有率(CNCRCAB)、年金制度の経過年数(SPPE)、年金発足時の制度形態(TYPE)、レジュームタイプ(RTYPE) 。なお、パラメータの推定は、一般化最小2乗法(分散要素(Variance-Components)モデル)と最尤法(AR(1)モデル)によるものである。
IV 結果と考察
本研究で中心的に考察するのは年金制度類型と政治的要因の相互作用である。G.エスピン-アンデルセン(G. Esping-Andersen)の言う自由主義レジュームと社会民主主義レジュームに属する年金制度において、保守主義レジュームのそれよりも、政治的要因の影響力は相対的に小さいということが言えそうである。その理由は、前者では私的年金制度の浸透度が高いということにより、後者では逆に、公的年制度の浸透度が高いことにより制度を支える労働者(被保険者)の態度がそれぞれ異なる形で規定され、その結果、制度形成因子としての政治的要因が働く過程が異なることにあると考えられる。



日本型福祉国家におけるキャッシュ、ケアと女性の市民権−−家族政策のジェンダー議論を手がかりに−−

イト・ペング (北星学園大学)

 近年欧米の比較福祉国家研究のなかで「キャッシュ」(現金給付に直接基づいた社会保障)、「ケア」(パーソナルケアまたはケアサービス等のサービスを中心とした、主に家庭内で行われている、または制度化されている社会福祉供給)、そして「女性の市民権」に関する研究が広く注目されている。この分野の研究は1980年代の時点で最初に登場した、主にフェミニスト研究者の担当課題と考えられ、しかも限定された研究範囲のなかで議論されてきた「女性とケア」に関する研究分野を一歩超えた新しい研究分析である。
 このような視点から比較福祉国家研究が進まれている背景には、(1)多くのポスト産業化社会(post-industrial society)における社会的、統計的、そして家族形態等の変化、そしてこれらの変化が社会福祉の実際の現状と内容(特に現金給付からケアサービスへの転換)を大きく変容させていること、と(2)Esping-Andersen氏などを中心とした中流の比較福祉国家論のジェンダーに関する無視の2つの点が採り上げられる。
 本論ではフェミニスト研究者によるキャッシュ、ケアそして女性の市民権に関する最近の研究と議論を手がかりに日本の社会・家族政策における「キャッシュ」、「ケア」、そして「女性の市民権」の関係を考え、それを基盤に「日本型福祉国家」の特徴を検討する。




家族政策の国際比較研究の現状・課題・方法 −−日本と英国との比較を例に−−

所 道彦 (英国ヨーク大学大学院生)

福祉国家研究におけるウェルフェアミックス分析、ジェンダー視点の重要性の認識、実際の家族の変化・多様化とこれにともなった社会保障・福祉制度改革の進行などを背景に、「家族政策」に焦点をあてた比較研究への関心が高まりつつある。その一方で、「家族の定義」、「家族の機能」、「家族内関係」、「家族政策の目的」、「政策の種類」等において様々な解釈・パースペクティブが存在することや、関連する領域が際限なく広いことなどから、「家族政策」の「何を」、「どう比べるのか」について方向性が定まっているわけではない。これまでの比較研究の中心となってきたのはそのサブカテゴリーである「家族手当」、「保育サービス」などの制度比較あるいは歴史的変遷についての研究であった。現在、福祉国家の比較研究はインプットからアウトプット、アウトカムの比較へと力点が移りつつあり、家族政策においても実証的で分析的な比較研究が必要となっている。
本報告では、各国の多様化する家族間の水平的再分配の動態を基本とし、その上に政治的・社会的分析・考察を積み重ねていくことが「家族政策」の国際比較におけるアプローチのひとつであるとの立場から、日本と英国の家族政策の比較を試みる。まず家族に対する税・社会保障給付の実証的比較分析の手法としてのシュミレーション方式(モデル家族)の長所・限界について検討する。次に実際にこれを用いて両国での税・社会保障制度において家族形態の差違がどの程度影響するのかを分析・比較する。またどの家族形態に支援の力点が置かれているのか、「家族政策」における「優先度」についても触れ、これらの背景を探ることで両国の特徴を検証する。この中で英国労働党政権の家族政策の動向・インパクトについても合わせて言及する。なお、本報告では「未成年の子どもをもつ家族」を中心に分析を行なう。

1. 家族政策の国際比較研究の現状
2. 比較研究の手法
3. 家族政策の日英比較
税・社会保障給付と家族形態
家族政策におけるプライオリティ
4. 今後の課題






テーマ別分科会5 大卒女性のキャリアパターンと就業環境

設定の趣旨

座長 木下武男 (鹿児島経済大学)


 このテーマ別分科会は、森ます美(主査)、木下武男、遠藤公嗣の3名が実施した「大卒女性の就業継続に関する調査」の分析結果を報告する。もともとは自由論題として応募したが、諸般の事情により、テーマ別分科会として設定された。
 我々の報告は、いくつかの点で、社会政策学会の報告としては新しい試みを行っている。
 1つは、速報性である。現代的なテーマを取り扱うならば、その研究結果の発表はなるべく早いほうがよいであろう。「学会に行けば現代的テーマの最新の研究結果を知ることができる」という状況を、社会政策学会に作り出す一石にしたい。
 2つは、質問紙調査であることである。事例研究と質問紙調査は補完的だと思うが、最近の学会では質問紙調査の報告が少なすぎたように思う。
 3つは、テーマの最新性である。「大卒」と「女性」の2つのキーワードの集合をテーマとし、包括的な調査を行ったのは、学会で最初の研究と思われる。
 4つは、共同研究における成果の発表形式として連名制にし、集団的な成果であることを重視した。
さて、「大卒女性のキャリアパターンと就業環境」と題する我々の調査・研究の目的は、女性が自立した雇用労働者として働き続ける環境を作り出すことが社会的な課題となっているなかで、大卒女性の就業継続の促進要因と阻害要因を明らかにすることである。
 そのために調査対象者を、下表のようにA継続型、B転職型、C中断型、D退職型の4つのキャリアパターンに区分し、各パターンにおける「継続・転職・中断・退職」の諸契機と要因を探った。類似の調査・研究を進めている脇坂明氏をコメンテーターに迎え、フロアからの意見も合わせて活発な議論を期待している。 

   表 キャリアパターン別にみた大卒女性の特徴〔オンライン要旨集では省略〕




初職を退職した女性のキャリアパターン

遠藤公嗣(明治大学) 木下武男(鹿児島経済大学) 森ます美(昭和女子大学)

 4年制大学ないし短期大学を卒業して、職に就いたが、その初職を退職した経歴のある女性のキャリアパターンを考察する。そうした女性は、つぎの3つのキャリアパターンに分けられよう。最初に掲げた呼称は、この報告における呼称である。

 B転職型:初職を退職した後、他に転職して働き続けている
 C中断型:91日以上働くことを中断したことがあるが、現在、再就業している
 D退職型:現在、就業していない

 B転職型の女性は、継続就業しようとする意志の強さの点で、C中断型とD退職型の女性と異なる。すなわち、初職の就職時に考えていた働き方では、B転職型の女性は、結婚・出産にかかわらず長く働き続けていたいと考えていた女性であった。この点では、A継続型の女性を上回るとさえもいってよいかもしれない。しかし、B転職型の女性のなかには、その初職が必ずしも良好な職でなかったと思われる女性がいる。
 C中断型の女性は、その多数は、家庭における家事・育児を理由として中断した女性である。もっとも、中断期間を1年未満とする女性が約1/3存在するから、B転職型に近い女性もいくらかは含まれる。C中断型の女性の約半数は、給与水準や労働条件の低下など、中断による不利益を回答する。しかし、B転職型に近い女性も存在するためであろうか、中断による不利益を「特にない」と回答する女性が半数近くいる。
 D退職型の女性は、初職が最後の仕事である女性が約2/3存在する。また、初職の勤続年数の中央値は、B転職型とC中断型のそれよりより大きい。初職に比較的長く勤続して退職し無職になる女性が多いといってよい。無職である現状について、満足している女性と不満である女性はほぼ半数ずつであるが、どちらもそれほど強い意識ではない。
 3つのキャリアパターンの女性を通して、その回答にもっとも影響したと思われるのは、卒業した大学類型(短期大学、4年制女子大学、4年制共学大学)の違いであった。



「継続型」女性の就業とキャリアパターンの規定要因

森ます美(昭和女子大学) 木下武男(鹿児島経済大学) 遠藤公嗣(明治大学)

1.「A継続型」女性の就業と環境
 「A継続型」女性とは、4年制大学ないし短期大学を卒業後に勤めた初職に現在も続けて就業している「同一企業・継続就業」型女性の略称である。この調査・研究では、女性のキャリアパターンは、A継続型に前掲のB転職型、C中断型、D退職型を加えた4つに類型化される。
*A継続型女性は、他のキャリアパターンに比較して次のような特徴を持っている。
・B転職型と同じく7割強が4年制大学の卒業であるが、人文科学以外に社会科学、理工学、教育分野の出身者が多い。
・初職の勤め先では、公務公営や民間の教育・研究機関の比率が他より高く、職種は専門・技術職が多い。しかしこの傾向は、卒業年次が下るに従って変化している。民間企業のみでみると、1000人以上の大企業への就職者が7割以上と突出している。
・初職の就職時に、「結婚・出産にかかわらず長く働き続けたい」と考えていた者が4パターンのなかで最も多い。しかし同じA継続型女性でも就業意識は、出身大学(短期大学か4年制大学か)と卒業年次によって変化がみられる。
*A継続型女性の仕事と就業環境・同一企業で働き続けてきた主な理由は、「転職しても今の会社以上に賃金・労働条件がよくなるとは思えなかった」からであるが、「結婚していない、子どもがいないので、働き続けて来れた」側面も大きい。この理由には、未婚・既婚(子の有無)の別と卒業年次、大学類型でかなり違いがある。
・入社以来の「仕事の変化」では、A継続型女性の6〜7割以上が、勤続年数に応じて判断や企画力、責任、専門的知識・技能を要する仕事が増え、能力発揮の機会や仕事の範囲も広がったと答えている。反面、対外的な仕事や昇進・昇格につながる仕事の面では
 変化がみられない女性が多い。
・職場における同学歴男女の処遇についての平等感は、4つのキャリアパターンの中で、A継続型女性が最も高い。職場における平等処遇と仕事の変化が継続就業を促している面は看過できない。

2.キャリアパターンの規定要因
 A継続型、B転職型、C中断型、D退職型の分析から、大卒女性のキャリアパターンが4つの型に分化していく要因には、卒業した大学類型、初職の性格、就業意識、職場の平等処遇、仕事の変化、仕事と育児・家庭の両立条件等の就業環境など多様な要因が関連している。これらの要因を4つのパターンに即して明らかにしたい。


自由論題



第1分科会 社会福祉制度


フランスにおける家族手当制度の歴史的生成過程―わが国の「児童手当制度」改善の糸口を求めて

宮本 悟 (中央大学大学院生)

<報告の要旨>
フランスの家族手当は、1945年以降、社会保険・労災保険とともに社会保障の構成制度と位置づけられているが、国家政策としてのその歴史は1932年法に始まる。本報告では、1932年「家族手当法」の成立過程を、社会経済史的視点から考察していく。
19世紀後半、フランスの家族手当は公共部門から民間部門へ拡大した。「グルノーブル補償金庫」は、1918年、労働側の賃上げ要求に対する雇主側の譲歩として創設された。「家族賃金」を要求するCGTは、当初、家族手当に反対したが、次第に方針を転換していっ
た。家族手当を福利厚生施策の一環と捉えていた雇主側は、他企業との競争条件を均等化するべく、その法定化を望んだ。さらに人口減少問題もあり、国家主導の下に家族手当法案が準備されるに至った。
以上の考察を通じて、1)フランス家族手当制度の伝統的特徴(財源の雇主単独負担)の理論的妥当性 2)家族手当制度が生成・展開する契機としての労働運動の重要性を検証し、わが国の「児童手当制度」改善の糸口を模索したい。

<報告の内容>
はじめに
I.家族手当の起源
II.組織化された家族手当制度――家族手当補償金庫――
III.家族手当にたいする労働組合の態度
IV.雇主の対応
V.1932年「家族手当制度」以前の国家の対応
むすび
<報告関連業績>
1)1932年フランス「家族手当制度」の形成過程―企業内福利厚生施策から家族手当制
  度へ―、中央大学『大学院研究年報 経済学研究科篇』第24号(1995年2月)
2)フランスにおける家族手当制度の形成過程―1932年「家族手当法」の成立とその後
  ―、『中央大学経済研究所年報』第26号(I)号(1996年3月)
 3)第四共和政下におけるフランス家族手当制度の展開―社会保障の一環としての再編過
  程―、中央大学『大学院研究年報 経済学研究科篇』第26号(1997年2月)
4)第五共和政ドゴール政権下のフランス家族手当制度―「民主化」・「統一化」原則から
  の乖離―、中央大学『大学院研究年報 経済学研究科篇』第27号(1998年2月)
 5)1970年代におけるフランス家族手当制度の展開―「制度間財政調整」の犠牲者―、
  中央大学『大学院研究年報 経済学研究科篇』第28号(1999年2月)

*主要参考文献は、当日配布資料に掲示します。



イギリスにおける福祉行政機構改革

横山 北斗 (弘前大学)

報告の目的と進め方
 
 この報告の目的は、イギリスにおける福祉行政機構改革の実際を、特に職員の意識改革面から考察し、福祉国家の母国であるイギリスのこんにちを描き出そうとするところにある。
 職員の意識改革というのは、社会政策の実施にかかわる行政機構の管理と運営に、経営者および消費者選好の論理を導入しようとするものである。それは業績不振の企業を市場が淘汰するのと同様、不要な政策と職員を市民が排除できる仕組みを確立することで達成されるものと考えられている。
 このような行政機構の改革が戦後確立された福祉供給モデルに挑戦する内容ものであり、1979年のサッチャー政権発足以降、18年におよんだ保守党の長期政権下で提案され取り組まれてきたことは、これまでにもしばしば紹介されてきているが、その基本的な考え方は1997年総選挙で政権を回復した労働党政権下にあっても継承されている点、注目される。
 労働党は新保守主義の政策に反対する立場から、経営主義を排し、伝統的な福祉国家の必要性を満たす政策プログラムの維持に努めてきたが、1992年総選挙を迎えるころまでには、保守党政権が示してきた行政機構改革の主要点を文言おいても現実においても受け入れるようになっていた。こんにちのイギリスにおいて福祉供給にたいする管理と運営を改良するために必要なコンセンサスは、消費者の意向を重視した福祉サービスの供給が重要であるとの認識で形成されつつあるのである。
 そこで私は、まずイギリスにおける福祉民営化のこれまでの動きをみながら、次に福祉行政機構改革の実際を紹介するために、職員の意識改革が促されるよう発表されたいくつかの報告書の内容を分析し、さいごに労働党政権の誕生と福祉改革への国民の支持態度を明らかにするというかたちで本報告を進めていきたいと思う。

報告関連業績

「イギリス新保守主義政権時代の住宅政策」(『弘前大学教育学部紀要』81号)1999年。
『福祉国家の住宅政策‐イギリスの150年‐』(ドメス出版)1998年。
「サッチャー政権のポピュラー・キャピタリズム」(『行動科学研究』31号)1990年。



自由論題第2分科会 介護保険とホームヘルプ


介護の社会化にみるアンペイドワーク ―ホームヘルプ労働調査から―

新村 友季子 (奈良女子大学大学院生)

はじめに
介護保険のスタートを間近に控え、介護の社会化がより身近なものになりつつある。家庭内で家族(主に妻・嫁・娘)によって担われてきたアンペイドワークのいくつかの部分が、社会的に支払われる労働、ペイドワークへと移行される。
アンペイドワークの社会化は、従来から様々な形で行われている。今回、アンペイドワーク(以下UW)の社会化の一形態として、UWがペイドワーク化されるプロセスに注目した。なかでも、介護の社会化のためには不可欠な要員である、ホームヘルパーに着目した。UWの社会化が社会的必要・必然であるとすれば、その社会化は、いかに行われることが望ましいのか。UWに対して、サービス労働としての価格がつけられていく過程では、何が問題なのか。また実際、現場ではどのように社会化が行われつつあるのかを、ホームヘルプ労働実態調査・ホームへルパー意識調査をもとに明らかにした(調査は鹿児島県鹿児島市で98年12月〜99年1月に行った。対象は鹿児島市がホームヘルパー派遣依託をしている団体の、ホームヘルパー全数に対して行った)。
在宅介護の要といわれる、ホームヘルパーの職務内容は、従来の家庭内UWと重なる部分が大きい。現在、ホームヘルプ労働の多くは生計をなりたたせる労働にはいたっていない。ホームヘルプ労働は、いわばセミ・アンペイドワークである。UWの社会化は、ジェンダーニュートラルな社会に向けての一政策である。UWの社会化が、日本型福祉社会のなかではどのように行われているのかを、調査結果を中心に検討した。


I.問題意識 ―調査の目的―
II.ホームヘルプ労働の実態調査結果報告 ―労働条件を中心に―
III.ホームヘルプ労働のサービス労働化、価格競争における問題点
―介護・家事差額,サービスの質―
IV.中高年既婚女性の就労とホームヘルプ労働;現状把握と意識調査から
V.今後の課題と展望



介護保険制度の給付額設定に関する論点整理−−現状の在宅介護の費用計算を通して

森 詩恵 (大阪市立大学大学院生)

1.目的
 実際に在宅福祉サービスを利用している4事例のケアプランを取り上げ、それらが介護 保険制度のもとで実行された場合の1ヶ月の費用計算を行う。これは、1998年12月2日 に厚生省が新たに老人保健福祉部会へ提出した給付額で、要介護者に必要な介護サービ スが十分提供されるのかを検討するためである。そのうえで、今後、要介護度に応じた 給付額設定に関しての論点整理を行い、介護保険の最も重要な課題の深層に迫る。 
2.試算方法
 厚生省が、「介護費用の推計に当たっての計算基礎」(1995年度価格)で使用した各サ ービスの単価を利用して、実際の4事例において1か月の費用を計算を行う。
3.試算対象者
 1)Aさん(要介護者が寝たきり度Cで、老夫婦二人暮しの場合)
 2)Bさん(要介護者が寝たきり度Cで、昼間介護者がいない場合)
 3)Cさん(要介護者が寝たきり度Bで、家族3人で生活している場合)
 4)Dさん(単身生活を送る痴呆老人の場合)
4.試算結果
・4事例とも試算を容易にする目的から複雑な判断がいる部分の費用は省いてあるため、必要最低限の費用で算出されるが、それでも高額の自己負担を強いられる結果となった。


要介護度(推定) 最大給付額(厚生省概算) 1カ月の費用(試算)  自己負担 
 Aさん  要介護度VI  35万円 580,896円 265,896円
 Bさん  要介護度V  35万円  490,560円 175,560円
 Cさん  要介護度IVorV  35万円 403,778円 88,778円
 Dさん  要介護度IIorIII  20万円  472,338円 292,338円

(注1)各要介護度に対する給付額が最大に給付されたとして、自己負担を考えている。
(注2)自己負担には、1割の利用者負担分も含む。


5.考察
*厚生省が示した概算では、現状のようなケアプランでのサービス内容は保険給付内で受 けられない要介護者が出現する可能性も考えられる。
1)給付額設定の重要性の認識。
2)契約の不慣れ、劣悪サービスの購入など、消費者問題の増加の可能性。
3)柔軟なサービス提供への懸念。
4)利用者負担によるサービス利用の抑制が発生する可能性。

6.今後の課題と問題点
 1)給付額の“適切な”設定とはどのようなものか。
 2)保険給付内と保険給付外(横だし・上乗せサービス)の価格設定問題。
 3)消費者問題に対応するための情報公開、消費者教育の充実。
 4)地方格差をどのように考えるのか。




介護保険制度におけるサービス水準問題――問題の構造と分析枠組

平岡 公一 (お茶の水女子大学)

【1】本報告の目的と方法
 来年から実施が予定されている介護保険制度において、十分な水準のサービスが保障されるのかどうかという点は、介護保険導入の是非をめぐる論議での争点の1つであったが、保障されるべき介護サービスの水準についての研究が十分に行われていないこともあって、この点についての議論が必ずしも深まらない状況にある。本報告では、このような状況を踏まえ、介護保険制度におけるサービス水準問題の構造を分析するとともに、介護ニーズの分析・推計に関するこれまでの研究と、高齢者介護政策の国際比較に基づいて、サービス水準の分析・評価のための新たな分析枠組を提示することを試みる。
【2】「ゴールドプラン」・老人保健福祉計画・介護保険における目標設定と将来推計
 「ゴールドプラン」・老人保健福祉計画・介護保険における目標設定と将来推計の方法を検討すると、在宅サービスではミニマム保障の考え方が明確でないこと、施設サービスに関しては、ニーズに基礎をおく目標設定・推計の方法がとられていないこと、病院から施設、施設から地域への移行可能性についての明示的な分析が行われていないといった問題点が明らかになる。
【3】サービス水準の分析・評価の視点
 介護保険制度におけるサービス水準の分析・評価にあたっては、サービス水準が、(1)個別のケースのニーズ充足に十分か、(2)ニーズ類型別の標準的なケースのニーズ充足に十分か、(3)総量としてニーズ充足に十分か、という3つの点が区別される必要がある。また(a)集中的な在宅サービスがどのレベルまで保障されているかという点と(b)ニーズに見合った施設サービスが確保されているかどうかという点を合わせて検討する必要がある。
【4】先進諸国との比較によるサービス水準の分析・評価
 介護保険制度で想定されるサービスの水準が、スウェーデン等と比べて相当に低いことが指摘されているが、量的な比較だけではなく、そもそも介護保険制度下において、サービス体系がどこまで「高齢者ケア中進国型モデル」を脱却し、「先進国型モデル」に近づけるのかが問われる必要がある。
【5】既存のニーズ推計研究に基づくサービス水準の分析・評価
 政策科学的な視点からサービスの水準についての評価を行うためには、ニーズ分析の結果に基づいて必要なサービス量の推計を行う必要がある。当面可能な研究の方法として、上記の(2)のレベルに着目し、厚生省が示した「参酌すべき標準」と、政策科学的研究の結果に基づいて設定された「サービスモデル」を比較することが考えられる。
【6】結論と課題
 今後のサービス量拡大の見通しに関しては、まず介護保険制度自体に、本当にニーズの拡大に応じてサービス量が拡大するメカニズムがあるかどうかが問われなければならない。しかし研究の基本的な目標は、ポスト介護保険体制における介護サービス供給のあり方も視野に入れつつ、介護保障という観点から保障されるべきサービス水準を設定し、それとの対比において、介護保険制度におけるサービス水準を分析・評価することにおくべきであろう。この点と関連して、介護サービス統計の整備の課題についても検討が必要である。





自由論題第3分科会 非常勤・規制緩和・下請け

大学非常勤講師の就労実態と社会保障−首都圏大学非常勤講師組合の調査より

南雲 和夫(法政大学)

報告の要旨
 今日、国公私学を問わず非常勤講師なしには大学教育は成立しない状況にある。にもかかわらず、その具体的な就労形態や生活実態、年間収入や社会保障などの問題については、従来アカデミズムの現場においては全くといっていいほど取り上げられてこなかった。特に深刻な専業非常勤講師(本務校をもたない大学非常勤講師)の実情については、近年一部のジャーナリズム等でようやく取り上げられるようになったものの、その詳細な実態については未だに社会科学的な分析が不十分な状況にある。
 本報告では、こうした専業非常勤講師の就労実態と社会保障の現状を中心に、日本の大学非常勤講師をとりまく問題を社会政策論的アプローチから取り上げるものである。なお、報告に際しては、首都圏大学非常勤講師組合の組合員などからの聞き取り調査や、各種アンケート等を参考にしたことを予めお断わりしておきたい。

 ※参考文献
 首都圏大学非常勤講師組合編『大学教師はパートでいいのか−非常勤講師は訴える』 (こうち書房、1997年)

 日本科学者会議編集『日本の科学者』1998年5月号「特集 大学改革の中の非常勤講
 師問題」(水曜社発売)



教育の規制緩和と大学教員の労使関係−−大学教員の解雇が現実化しているオーストラリアを例として−−

長峰 登記夫 (法政大学)

 少子化による子供人口の減少から、西暦2010年には日本の私立大学100校以上が経営破綻に追い込まれるであろうとの試算があるという。もし、実際にこのような事態が到来すれば、大学教職員の雇用・労働が深刻な事態に直面するであろうことは目にみえている。そして、それは遠い未来のことではない。そう考えれば、大学教職員の雇用、労使関係に関連した諸問題は日本でもすでに現実の問題として意識されてよい時期にきているといってよい。
 そのための先行事例として、ここでは、教育の規制緩和の中で大きく変化しつつあるオーストラリアの大学教職員の雇用・労使関係にかかわる諸問題を、教員と研究員に限定して考察することにする。1996年3月の総選挙で保守党連合が13年ぶりに政権に復帰して以来、オーストラリアでは労使関係制度が一大転換を遂げた。それを一言で要約すると、従来の調停仲裁制度を中心とした労働者、労働組合を手厚く保護する制度から、労働者個々人と使用者間の個別雇用契約を中心とした制度への転換ということができる。この労使関係制度の転換によって最も大きな影響をうけた分野の一つが大学、あるいはより広く公教育機関であった。オーストラリアの大学は基本的に州立であるが、現在では補助金の多くを連邦政府が拠出している。1996年以降急速に進められた規制緩和の流れの中で、連邦政府は大学への補助金を大幅にカットすると同時に、大学の「自由化」、独立採算化=部分的民営化を押し進めようとしている。
 そのような流れの中で、規制緩和、自由化、競争原理の導入、教員の能力・勤務評定とそれの賃金への反映、その結果としての賃金格差の拡大、非常勤講師の増加といった事態が進行し、ついには「不採算部門」における大学教員の解雇が現実のものとなった。もはや大学教員の終身雇用=雇用保障(tenure)は過去のものになったといってよい。しかし、一方では、伝統的な労使関係制度、すなわち労使関係委員会を中心とした調停仲裁制度の影響も一部残存している。上述したような一連の流れとは反対に、ここでは労使関係委員会の裁定をとおして非常勤講師の採用を一部制限・禁止し、その結果、大学に非常勤講師の正規雇用への転換を迫るというきわめて興味深い動きもみられる。
 本報告では、このような状況の下における大学教員の労使関係の現状を紹介するとともに、そのような事態にいたった背景にある要因を分析し、それを通して、今後日本でも予想される大学教員の雇用や労使関係にかかわる諸問題を考える上で必須とみられるいくつかの問題を提起したい。
  はじめに
1 オーストラリアの大学を取りまく状況
2 オーストラリアの大学‐歴史と制度
3 大学教員の労使関係
4 連邦政府の大学改革
5 1996年職場関係法と大学の労使関係
6 企業別交渉制度下の大学労使関係





建設産業における労務下請と自営的就業

吉村 臨兵 (奈良産業大学)

 戦後の労働法制度、とりわけ職業安定法とのかかわりの中で、請負契約に基づく建設産業の労働のあり方が若干の不分明さをもって今に至っていることは周知のことだろう。すなわち、見ようによっては労働者供給とも、独立した請負業者のもとでの労働とも見なせる例が実在するという事情は、今日に至るまで変化していない。このような環境下の就労をさして、その不安定さや不透明さがくり返し指摘され、そうしたあり方が前近代的であるとする批判も行われてきた。ところが近年のアウトソーシングの隆盛や、労働市場の流動化を歓迎する論調のもとで、あるいは社会・経済的環境の変化を背景として、この種の就労は他産業でも増加する傾向にある。こうして建設産業における前述の就労のあり方は、「先駆的な」外観も帯びはじめている。
 本報告の目的は、建設産業におけるこの就労のあり方にもう一度たちかえって、その取引関係や市場環境の側面から若干の検討を加えるところにある。というのも、建設も含めたいくつかの産業に関するここ2年ほどの共同研究を通じて得られた感触からすると、労働者供給や労働者派遣と区別されるべき請負契約の前提としての「独立性」や「専門性」については、その産業ごとに個別の判断を下さざるを得ないと考えられるためだ。
 ところで、建設産業の下請負契約はその内実からみて、労務下請(労務請負・手間請け)と材工共請負に区分される。労務下請とは多くの場合、鳶(とび)、型枠工といった特定の職種の技能労働者群による役務の完成のうち、その技能の発揮に重きが置かれているものをさす。また材工共請負とは、その技能の発揮と並んで、資機材の使用や消費に関する部分のウェイトも相当部分を占めるものをさす。この両者のうち前者の労務下請を業として営む場合には、後者にくらべて少額の資本で足りることもあって企業規模も小さくなりうるが、その極限にあるのは1人の就業者が労務を請け負う一人親方という形態である。こうして本報告は、この労務下請の特質のいくつかを、折に触れて自営的就業と関連させながら検討する。



自由論題第4分科会 経済不平等・社会諸階級


現代アメリカにおける不平等の展開とその特質

小池 隆生 (専修大学大学院生)

〈課題〉
 今日アメリカ合衆国の経済は1991年から引き続く景気拡大をうけ、その「強さ」が強調されている。確かに各種マクロ指標が90年代についていえば一頃よりも好調なのは事実である。「ニューエコノミー」の到来を告げる議論も登場したほどである。経済的側面から見た場合、わが国の今次不況との対比とも重なり、アメリカは何か繁栄を取り戻したかのごときである。翻って、アメリカ社会はつい数年前まで「病める」国として貧困や犯罪などの社会問題の状況が深刻であった。こうした状況も解消されたのだろうか?
 近年の合衆国における経済や社会の特徴を理解していく際に、注目しなければならないのは経済的不平等の問題である。商務省のセンサスも公表している世帯所得の分布状況にも明らかなように、合衆国の経済的格差は過去一貫して拡大してきている。
 本報告の課題は合衆国におけるこうした経済的不平等の問題に着目し、実態およびその特質をとりわけ過去30年間の分析に即して明らかにすることである。
 経済不平等を問題にする際に、アメリカの社会政策が所得分配機能をどのように果たしているのかということは、たしかに大きな問題である。しかし本報告は、不平等の基盤となる生産の領域で発生する格差に焦点を絞り問題にアプローチしたい。具体的には産業別・規模別で存在している合衆国経済の格差がこの時期どのように推移してきたのか、またそれとの関わりで労働力構成がどのように推移してきたのかについて分析を試みる。合衆国の生産領域に内在する格差の特徴を明らかにすることを通して、本報告はさらに失業(半失業も含む)が不平等問題とどのように関わるのかについても最後に考察を加えたい。

〈報告構成〉
1 合衆国不平等の展開
2 不平等の展開と合衆国労働力構成
3 不平等と失業・半失業問題
4 小括



社会諸階級と近代家族----SSMデータによる計量分析

橋本 健二 (静岡大学)

1.本報告の目的
 近代家族は、社会諸階級と密接な関係にある。本報告では、まず近代日本における近代家族の拡大・定着・変質過程を階級別にあとづけることにより、両者の関係を実証的に明らかにする。その上で近代家族の外部に立つ存在である単身者の階級的・階層的性格についても検討を加え、近代家族の現段階と将来について論じることにする。
2.データと方法
 今回用いる主要なデータは、SSMデータである。これは1955年から1995年まで10年ごとに実施されてきた「社会階層と社会移動全国調査」から得られたデータの総称で、社会階層研究の分野ではもっとも利用価値の高いデータとされてきた。今回使用するのは、結婚後の女性の職業経歴に関する情報を含む1985年及び1995年のデータで、サンプル数はそれぞれ3947、5357である。データ使用に関しては、1995年SSM調査研究会の許可を得た。
 階級所属の指標としては、資本家階級・新中間階級・労働者階級・旧中間階級の階級4分類を用いる。カテゴリー構成の詳細とその理論的意味については、橋本[1999]を参照されたい。分析の中心は、既婚女性の就業状況を出生コーホート別・夫の所属階級別に検討することにあてられる。単身者については、配偶関係と所属階級の関係に焦点を当てる。
3.近代家族の拡大と変容
 近代家族の量的規模の変化を実証的に検討する場合、そのメルクマールとなるのは、近代的性役割分業の帰結としての専業主婦の出現である。分析の結果得られた主要な結論は、次の通りである。1)戦前生まれ女性についてみると、1900年出生コーホート以降、どの階級についても専業主婦(一貫無職者)の比率は明らかに減少しており、共通に「非−主婦化傾向」が認められる。ただし被雇用者世帯の専業主婦率は、戦後に比べればかなり高い。2)戦後になると、被雇用者世帯女性の再就業が増加し、明確なM字型カーブが出現する(図表参照)。その意味でM字型カーブは、被雇用者世帯女性の「非−主婦化」によってもたらされたといえる。3)被雇用者世帯の専業主婦率は、夫が高学歴・大企業勤務の場合で顕著に高い。その意味で、近代家族の定着度が階級内分化と関連していることは明らかである。
4.単身者の存在形態
 40歳以上の所属階級・所得・学歴などを配偶関係別に見ると、男性と女性で大きく異なる傾向が認められる。男性未婚者が下層労働者階級に集中しているのに対し、女性未婚者は新中間階級・上層労働者階級の比率が高い。このことは未婚者が「結婚できない男性」「結婚の必要のない女性」から構成されていることを意味し、専業主婦を前提とした近代家族の下では家族生活を営むことのできない男女の出現を示すものといえる。 


自由論題第5分科会 外国の労働経済


業績管理・業績考課給の展開とイギリス的経営

上田  眞士 (京都大学大学院生)

 《貧困な訓練・低技能》に特徴付けられる労働力をそのスタッフとする企業が《低品質の財・サービスの生産》に特化するという《低熟練均衡》の罠に捕らわれたものとしてイギリス経済を理解する《低熟練均衡》仮説は,人的資本形成への投資に消極的なイギリス企業の短期主義的経営という像を鮮明に打ち出している(Finegold and Soskice[1988])。しかし,この《低熟練均衡》仮説の枠組みは,外部労働市場型に形成されてきた種々の制度が矛盾や軋轢を拡大し労働市場の内部化が課題として意識されてくるような変化や改革の局面を評価する上では,あまり有効な枠組みではない。
 イギリス80年代は,企業内での人的資源開発に限っても,そのあり方に含意をもたらす様々な変化が進展した変化の時期であった。本報告の主題は,こうした変化や改革の時期であった80年代において,《低熟練均衡》仮説が鮮明に示した人的資源の形成に消極的なイギリス的経営という像に変化が及んだのか否か,検証を試みることである。以上の課題に接近するにあたって,本報告は,80年代における人的資源管理(HRM)の台頭やその枠内での業績管理(PM),業績考課給(IPRP)の展開を跡づけることをその方法とする。もし人的資源管理(HRM)の展開が言われるように労働力を単にコストとして扱うのではなく,戦略的位置を占める価値ある資源として扱うものであるならば,また,業績管理(PM)の展開が言われるように企業目標との関連で個人目標を設定し,その目標達成の程度の考課を報酬・昇進・教育訓練・キャリア開発などの処遇に役立てていくものであるならば,そのような人的資源管理や業績管理の展開は,人的資源への投資の最も確実な表現を提供するはずのものであろうからである(Storey and Sisson[1993])。
 以上の主題と方法を踏まえて,本報告では,まず第一に,1980年代後半から1990年代前半にかけての業績管理と業績給の展開に関する代表的なサーベイ調査をレビューする。そして,これら諸調査のレビューを通して,80年代における人的資源管理や業績管理の台頭は,その内部が均一な一枚岩的な現象ではなかったこと,業績考課給を軸とした〈報酬主導的統合〉と人材開発を軸とした〈開発主導的統合〉という二つの形態の分岐が存在したことを指摘する(Bevan and Thompson[1992])。第二に,この言われるところの業績管理における〈報酬主導的統合〉と〈開発主導的統合〉という二つの変種が人的資源管理論の枠内でどのような位置を占めるものであるのか,その検討を試みる。そして,集合的な制度的取り決めや手続きからライン管理者を解放して人的資源の最大限の活用を図ろうとするところに業績管理の展開における〈報酬主導的統合〉の特徴があることを指摘する。また,一時的取引(trade-off)を介して単に同意を確保するという消極的な管理から,組織変化に対する部下のコミットメントを引き出し人的資源開発を行うという野心的な管理へとライン管理者の位置づけを変更するところに,業績管理の展開における〈開発主導的統合〉の特徴があることを指摘する。そして,第三に,こうした業績管理における二つの形態の展開が,先に示した人的資本形成への投資に消極的なイギリス的経営という像にどのような含意を及ぼすものであるのかを検討する。   


EU社会政策と市場経済−日系多国籍企業の欧州ワークス・カウンシルに対する評価について

中野 聡 (豊橋創造大学) 

 EU社会政策と市場経済―歴史的背景 ソシエテ・ジェネラルとパリバの合併、日産とルノーの提携など、欧州諸国における近年のM&Aの事例は枚挙にいとまない。通貨統合と単一市場形成を背景に、欧州の大企業体制は域外企業を巻き込んだ再編成の直中にある。欧州市場形成の目的のひとつが産業競争力の強化にあるにせよ、その政治的コンテクストにおいて、強い経済はバランスのとれた市民社会形成のための手段として位置づけられてきたことに留意する必要があるだろう。経済、通貨、産業政策と社会政策を、そして社会的活力の創造と社会的弱者の保護を均衡させることは、ソーシャル・ヨーロッパの概念やEC社会憲章The Social Charter (89.12)に示された基本的アプローチであった。
1980年代後半以降の国境を越えた企業再編の動向を背景に制定された共同体規模企業および企業グループにおける欧州ワークス・カウンシル(EWC)等の設置指令94/45/EC (96.9発効)では、EU・EEA域内の一定規模以上の多国籍企業に対し、企業の構造・経済・財政状況、事業・生産・販売予測、雇用・投資状況と予測、組織の実質的変更、新しい生産過程の導入、生産の移転、企業や事業所の合併・縮小・閉鎖や大量解雇等に関して、従業員への情報開示と協議を目的とするEWC設置が義務づけられている。この制度は、マーストリヒト条約付属の社会政策に関する合意(93.11発効)下初めての施策だが、規制緩和の潮流や欧州社会政策の"ネオ・ボランタリズム"への傾斜などを背景に、設置に際し社会的パートナー(労使)の協議が重視されている点や国内ワークス・カウンシルに比し機能が限定的である点等に特色がみられる。対象多国籍企業約1480社(UKオプト-インによる新規対象企業を含む)中、既に400社以上にEWCが設置されたものと推定されている。
 日系多国籍企業と欧州ワークス・カウンシル 本報告は、在欧域外企業を中心とした多国籍企業経営者の新制度に対する評価の特定およびその背景の分析を目的とする調査の前半に該当し、在欧日系企業の全数調査を試みた。このテーマは、指令対象域外企業が約300社(オプト-インによる対象企業を除く)もの多数にのぼること、また米日経営者団体がEU社会政策の形成に与えた影響を考慮すると、興味深いものがある。
調査は、98年10-12月にかけて欧州労働組合機構ETUIデータ・ベースに収録された35社を対象に、アンケートおよびヒアリングにより行われた。調査票は、コスト・ベネフィット分析を軸に、EWCに対する総合評価とその機能に関するオプション・タイプの設問、EWC設置協約の特徴や評価に影響しうる付随状況に関する設問から構成され、50%強の企業の人事担当者などから回答を得た(うち有効回答14社40%)。結果では、設置準備中の2企業を含め、1)制度に対する肯定的な評価が大半(71%)を占めること、2)それが企業情報の提供、労使協調、従業員参加の促進、コーポレート・アイデンティティー形成の手段として認識されていること、3)従業員の期待や要求へのリパーカッション、関連財政支出および企業構造との整合性が主なコストと判断されていること、4)企業の意思決定の迅速性や市場競争力への影響に関する懸念は少ないことなど、既存研究にみられなかった点が示されている。
 報告関連業績 「EU社会政策と市場経済―欧州ワークス・カウンシルをめぐる近年の動向」(『豊橋創造大学紀要』Vol.3 1998年)、「欧州労使協議会指令94/45/ECの形成−EU政治組織と社会的パートナー」『大原社会問題研究所雑誌』掲載予定(P.Kerckhofs. 1996. La revendication syndicale des comites d'entreprise europeens et sa traduction dans la directive 94/45/CE. mimeo. Universite Catholique de Louvainの抄訳)。本報告は、"Management Views of the European Works Councils: A Preliminary Survey of Japanese Multinaitonals."として近日中に発表予定。





「貯蓄信用組合」活動とコミュニティ ─ タイにおけるUCDOのめざすコミュニティ開発の評価─

遠州 敦子 (佛教大学)

1 はじめに
 途上国を中心に展開している、『マイクロ・クレジット』の活動は、すでに世界58カ国で実施されるに至っている1)。1997年2月には、137カ国が参集して「マイクロクレジット・サミット」が持たれ、議長ヒラリー・クリントンがマイクロ・クレジットについて、「個人的に経済活動の機会を与えるだけのものではなく、地域全体の利益や、民主主義の成長に寄与する」と論じたとおり、現代的な「マイクロ・クレジット」の課題は、社会的関係の再構築により多く存在すると考えられるようになっている。本報告は、こうした「マイクロ・クレジット」の活動の中でも、とりわけ都市部のコミュニティ開発に焦点をあてたタイのUCDO(Urban Community Development Office=都市コミュニティ開発事務所)の活動をトレースすることで、マイクロ・クレジット活動の『社会的関係の再構築』という側面を具体的に検証するものである。   

 UCDO(都市コミュニティ開発事務所)の活動の特徴:タイのUCDOの活動は、タイ国住宅公社によって積み上げられてきた都市部のスラム改善事業の発展型として、都市コミュニティ開発事務所( UCDO)を実施機関に1992年9月に都市貧困者開発プログラム(Urban Poor Development Program)がスタートした。その特徴は、(1)貯蓄信用組合を組織し、それを通して無担保融資を供給することによって、都市貧困者に社会・経済的資源へのアクセスを保証する、(2)住宅公社の下に位置づくが、高い独立性と理事会へ積極的にコミュニティ・リーダーやNGOの参加を保障する、(3)貯蓄信用組合活動を軸に総合的な支援を保障しながらより具体的な生活要求を実現する方向を組合員と模索する、というものであり、都市部貧困者のコミュニティ開発を強く位置づけている。

 組合活動の展開:組合を通じてUCDOから提供されるローンは、一般貸付、生業資金、住宅資金の三種類である。ローンに際しては居住地区コミュニティからの承認が必要で、基本的にはコミュニティが組合の単位の目安となる。しかし生業資金などでは、同業種単位で居住地を超えて組合が結成される場合も存在する。このようにコミュニティに根ざしながら、一方で複数のコミュニティの横断的・重層的な組合活動を通じて、組合活動に参加する人々の生活要求を実現させていく。しかしUCDOによる融資は、貯蓄信用組合活動の成果をよりダイナミックに機能させ、個人レベルの生活改善への取り組みからさらに、1)居住地の環境整備、2)居住地の集団移転、3)同業種組合員による連帯、などへ拡大している。こうした貯蓄信用組合活動の展開の中から、より社会集団の結成や居住地の環境改善への具体的な取り組みは、住宅問題や人権問題解決にむけた働きかけなど、コミュニティ集団による総合的な貧困克服をめざした動きへと広がりを見せている。
 以上の諸点から、貯蓄信用組合による融資へのアクセスの確保という活動は、金融市場が成熟しても、日常的な貯蓄活動による組合員間の関係構築、信用貸与による信頼と相互の生活アドバイス、さらに外部からの融資の引き出しによって可能となるコミュニティ環境の改善への取り組みと意欲の向上という、社会的役割を果たす可能性を示している。
注 1)M.ユヌス、A.ジョリ『ムハマド・ユヌス自伝』早川書房、1998年




共通論題 社会政策における国家と地域



設定の趣旨

 社会政策はいま、大きな転換期にある。日本の社会政策を学的に検討する場合、社会政策の主体が国家であることは共通の前提であったが、その前提が大きく問い直されている。「労働論から生活論へ」(労働力・労働者から非労働力・非労働者を含めた全体者へ)の領域拡大が事実として進む中で、社会政策が対象とする場と社会政策の政策主体の見直しが迫られている。それは社会政策の現代的意味・有効性を問い直すことでもある。
 対象とする場という点では、国家による労働力・労働者政策という軸心は動かせないとしても、公害・環境・福祉問題を媒介にして「地域」という場が顕在化してきた。とくに地域の住民・市民運動の領域では国家との対抗性すら現れている。
 政策主体という点では、社会政策学が十分、把握しえない領域で現実に多くの地域運動が起こっており、国家のみが社会政策の主体であるのか、あってよいのかとの疑問も強くなっている。政策主体の多元化への模索である。最近年の地方分権(地域主権)、地域福祉をめぐる論争、働き方をめぐる賃労働とボランタリズム(フォーマルとインフォーマル)など、社会政策学が従来の枠組みを解き放って、一度、大胆に議論してみる状況が生れている。
 以上が「国家と地域」をテーマとした趣旨であり、学会によって社会政策の場と主体が
労働と国家に限定されることなく、広く現実の生活領域全体へと解き放たれ、今次学会が新しい場と主体の形成される一契機となることを期待したい。



国家政策と地域運動−社会政策学における国家と地域

堀内 隆治 (下関市立大学)

はじめに
 本報告は「社会政策学における国家と地域」を原理的に検討するものである。社会政策学は1896−97年に学会成立をみた時から国家政策研究としての性格を濃厚に持ち続けた。その政策本質が支配的・統合的であるか改良的であるかの争点を超えて、いま、社会政策の政策本質が改めて問われている。いうまでもなく、グローバル化する世界にあって国民国家という垂直的統合体が地域(ローカル、リージョナル)という水平的連携の場によって動揺を続けている。そのような国家と地域の相克にあって社会政策の政策主体はどうなるのか? 
 他方、社会政策の実現の契機については階級闘争(労働者主体)をめぐって長い論争が行われてきた。しかし、いささか画期的に表現すれば、1960年代後半以降の地域における反公害運動、1970年代以降の消費者運動、1980年代以降の地域福祉運動など、今日、「新しい社会運動」とも表現される地域運動が数多く発生してきた。これら社会運動は勿論、産業の高度化、少子−高齢化、雇用の女性化、家族・消費など生活様式の変容を背景としているが、いずれも地域を運動発生の根拠として生成している。これら地域を場とする社会運動(地域運動)を社会政策学として原理的にどう把握するか? とくに政策主体としての国家行政との関係で地域運動をどう位置づけるか? 
 以下、社会政策学にあっての主体概念を中心に国家政策と地域運動の関係を論じ、一試論として「地域社会政策」論を展望したい。
1.原理としての国家と地域
 国家と地域は原理的にどのような関係に置かれているか? 国家は観念における共同性(国家意識)を中軸に「公共性」の名の下に人々を「国民」に統合する現代的システムである。地域は生存・生活の場であり、住民の共同性を体現する。換言すれば地域は空間的場であるとともに自己形成していく「現実の共同体」をも意味する。
 国家は国家幻想(観念)によって国境を形成し国民として生ける人々を統合するが、地域はローカルとして国家を内的に構成・分権化し、リージョナルとして国境を超えて連携する。国家障壁の内外において地域は国家と対峙しており、その調和・相克が現代である。
共同体の位相からみれば国家共同体と地域共同体は異質の原理性を有しており、国家は人為的な国民性(国籍をもった国の民)を原理としており、地域は生活の場におけるメンバーシップ(所属性)=市民性を原理としている。その意味で、国家共同体と地域共同体は原理的に対抗している。
2.生産力概念における国家と地域
 歴史社会は生産力によって支えられている。生産力の在り方から国家と地域の関係を問う必要がある。歴史類型的にいえば国家共同体は国家生産力、地域共同体は地域生産力によって基礎づけられ、国家生産力と地域生産力は調和・相克の関係にある。現代経済社会の支配的生産力は国家生産力であり、地域生産力はオルタナティヴ生産力として国家生産力に対抗する関係にある。生産力の内実において類型化すれば、国家生産力は生産力の物的システム(労働力−労働手段−労働対象)に収れんされた近代生産力であり、自然・家族を手段化し、捨象しつつ展開する。対して、地域生産力は地域内在的な生産力であり、地域の自然や家族を包摂した生産力、生態的システムに収れんされた生産力である。エコロジー、リサイクル、環境保全をキーワードとした男女協働の生産力である。
 現代経済社会は産業革命以降、国家生産力に支配され続けている。過剰なまでの物的生産力が地域を支配・抑圧している。地域生産力はオルタナティヴな対抗生産力として未だ理念であり、理念から実体への過渡にある。過渡期の断面は1)地域均衡の回復力−過疎・過密の克服 2)食糧国内自給力−生存基盤 3)農山漁村への定住 4)地域循環型経済−産直型流通システム 5)自然の地域共同体的管理などにおいて表現される。
3.戦後地域政策と地域運動
 戦後日本における地域政策は上からの開発政策と下からの地域運動の相克によって形成された。戦後の全国総合開発政策を軸とする地域開発・産業開発をめぐる相克、1980年代以降の地域福祉をめぐる相克は地域の在り方をめぐっての政策形成の国家と地域の相克であった。戦後日本国家は産業開発から社会開発、コミュニティ形成へと政策課題をシフトさせつつも、上からの国民統合という中軸はより厳しく貫徹させてきた。対して地域運動は筆者自身のささやかな経験を鑑みても、反対型(公害・開発反対−北浦沖合人工島計画)告発型(公害告発−カネミ油症事件)、提言型(福祉の街づくり)、自己形成型(産直運動、福祉ワーカーズ−「たまごの会」(産直))へとゆるやかに展開をみせ、労働者福祉運動、協同組合運動など既存の運動も広く連携を始めている。地域づくりをめぐる主導権争いが深まり、国家と地域住民の中間に位置する地方自治体(公共団体)の果たす役割が大きくなっている。
4.地域社会政策への試み
 社会政策とは何か? 未だ統一した定義はない。しかし「国家による改良政策」という点は動かしがたい規定であろう。問題は政策主体は国家だけか? 改良の課題は? の二点である。戦後社会政策論争第二期以降、政策主体は国家だけでは不十分だということは明白になった。また、改良の課題が貧困から人間疎外へと拡大しつつも、その「人間主義的限界」も指摘され始めた。ポスト100年の社会政策がありうるとすれば、以下の諸点は最低限、包摂したものとなろう。これまでの社会政策学が国家政策に傾斜した点を反省すれば、敢えて地域社会政策へと提言したい。
1)自然、家族の社会政策への包摂(エコロジー、ジェンダー)
2)国家障壁の克服=グローバル化(福祉国家の限界:市民権の普遍的共有)
3)分権と自治−多元的価値社会と複合的政策主体(国家、自治体、ボランタリー団体)
4)地域づくり−地域共同体(コミュニティ)の形成

参考文献(拙稿分)
1.現代社会政策学の方法と課題、『社会政策学会100年』啓文社、1998
2.戦後社会政策論争についての一試論、下関市立大学論集Vol.41,1998
3.NPOと労働者福祉・協同組合運動について、労働者福祉研究45、1998
4.「福祉社会」と今日の地域福祉政策、『現代日本の社会保障』ミネルヴァ書房、1997
5.国家共同体と地域共同体、『個人と共同体の社会科学』ミネルヴァ書房、1996
6.新しい生活論をめざして、『社会政策学と生活の論理』啓文社、1992
7.地域論ノート、下関市立大学論集Vol.35,1992
8.北浦沖合人工島計画に関する覚書(資料)、下関市立大学論集Vol.31,1987



共通論題 報告2

原子力開発と住民

菅井 益郎 (国学院大学)

1 「国策」に対抗する地域住民の闘いの基盤
 原発反対の住民運動は長い間生産の場の汚染を防ごうとする農漁民、とくに漁業者の闘いとして展開されてきた。高度成長期の公害の第一の被害者たちは、原子力公害を予防するための闘いを始めた。住民の反対運動の物質的基盤は、いわゆる電調審(電源開発調整審議会)上程のための3条件を阻止すること、すなわち(1) 土地を売らない、(2) 漁業権を放棄しない、(3) 地元住民の同意を与えない、ということに尽きる[1]。そのいずれかを守りきれば住民側は勝利できる。後で論ずる新潟県巻の住民投票は、電力による用地買収を阻む20数年にわたる住民運動の展開とその間の原子力をめぐる社会的な環境の変化の上に実現したものである。
2 立地促進策としての電源三法の制定
 上述のような住民の原発反対運動を切り崩すために、政府及び電力会社など推進側がとった対策は、露骨な刑事弾圧と、あからさまな買収などによる村落共同体や家族の分断と破壊であった。1960年代末から70年代前半にかけて全国的な反公害闘争の高まりを背景に建設予定地ではどこでも激しい反対運動がまき起こった。
 一方政府はエネルギー供給の確保を経済成長維持の基本条件だとして原発への依存をいっそう強める政策を打ち出すが、立地は進まなかった。田中角栄は地元柏崎刈羽における立地促進を直接の動機として、1974年電源三法を制定した。それは典型的な利益誘導政策である(「地域丸ごと買収法」)。さらに政府は原子力船「むつ」の放射線漏洩事故に端を発した原子力行政の行き詰まりを打開するために原子力基本法の改正に着手した。
3 巨大事故の発生と原発反対運動の都市への拡大
 ところがその後絶対に起こりえぬはずだった原発事故が次々と発生した。1979年のスリーマイル島原発の炉心溶融事故と1986年のチェルノブイリ原発の爆発事故は、周辺地域に深刻な放射能汚染被害をもたらした。とくに後者は多数の被害者と広大な地域を汚染し、ヨーロッパ諸国だけでなく食料輸入大国である日本にも間接的に影響をもたらした。放射能に汚染された食品や飼料がさまざまな経路を経てやって来た。それは1970年代以降の生活の質の向上に価値をおく安全な食品を求める運動を直撃した。
 かくして1980年代後半になり、都市市民による現地の反対運動への支援が始まる。それは新しい社会運動の展開と見ることができる[2]。しかし反原発の大きなうねりは残念ながら数年経たずして後退する。これをただ単に都市の世論は「熱しやすく、冷めやすい」といって済ますわけには行かないが、確実に原発否定の世論は根づいていった。
4 新潟県巻町の住民投票=近代日本の政治システムを変える契機
 都市の動きとは異なって、新潟県巻町ではまったく新しい住民の動きが登場してきた。そこで提起されたのは「議会では推進派が多数派でも、住民一人ひとりの意見を聞けば反対が多い」、後に町長に当選する笹口氏の言葉を借りると、「議会制はあっても、民主主義はない」という現行政治制度の欠陥をどのように克服するか、という問題である。巻町の少数派の反原発派がしかけてきた動きは、チェルノブイリ原発事故という決定的な環境変化の中で、紆余曲折を経ながらさまざまなレベルの原発への批判意見を呼び起こした。女性たちを中心とした新しい運動や新旧さまざまな運動体の独自の活動、保守層内部の変化を取り込んでネットワークが形成されていった。その経過は実に興味深い。
 さて自主管理の住民投票、町有地売却臨時議会の実力阻止行動、住民投票条例の制定をかけた町議選、推進派町長のリコール、さらに町長選、そしてようやくたどり着いたのが1986年8月の住民投票であった[3],[4]。この間に日本の原子力開発体制を根底から揺るがす高速増殖炉「もんじゅ」の火災事故、東海再処理施設の爆発火災事故、兵庫県南部地震などが続発した。
 住民投票条例は巻町以前においても高知県窪川町(1982年)、三重県紀勢町(1995年)、同南島町(1993年)、宮崎県串間市(1995年)などで、いずれも原発建設の是非をめぐって制定されているが、投票が実施されたことはなかった。巻町の住民投票は条例制定によるものとしては全国初めてであった。その後米軍基地の整理縮小を問う沖縄県民投票、産廃処分場の是非を問う岐阜県御嵩の町民投票が続き、以後最近の神戸新空港建設問題まで、今もその動きは止まらない。巻町の住民投票は「国策」に対して「自治」の重さを提起するものであったからだ。
5 原発に依存しない町造りをめざして
 用地買収費、漁業補償、さまざまな調査費名目の寄付金、建設開始と同時に交付される電源三法交付金、完成後の固定資産税、いずれも巨額である。100万キロワット級原発の建設費はおよそ4000億円、その大部分は大手ゼネコンが受注する。たしかに地元にも建設期間中はかなりの金が落ちる。だが建設が終了すると以前より商店街は活気をなくす。三法交付金も入らず、箱物を建設する際に発行した市町村債は赤字となって累積し、その管理運営費は赤字財政を拡大する。また固定資産税は減価償却にしたがって減少する。こうして原発に依存して町造りをした地域は必然的に原発増設論に傾く。
 いったい原発を誘致して地域は潤ったのか。巻と同じ新潟県内にある柏崎刈羽原発は、東京電力が地域共生型原発の模範として宣伝しているものだが、実際には市民の住民税が安くなったわけでもなく、市内の商工業が原発建設によって発展したわけでもない。それどころか中心部の商店街の衰退ぶりは甚だしい。原発銀座福井県敦賀市も同様である。宮城県の女川町では人口が激減し、福島町双葉町の財政は悪化した。 
 現在巻町では原発を当てにした町造り計画の全面的な見直しが行われている。巻町や御嵩町では特別な交付金に頼らない町造りをすすめるために役場内の役職ポストの一新するとともに、住民の知恵を引き出すためのユニークな方策を模索中である。それは自治の根幹に関わる問題で、これからも試行錯誤が続くであろう。

[文献]
[1] M.SUGAI" The Anti-Nuclear Power Movement in Japan" , Helmar Krupped., Energy Politics and Schumpeter Dynamics - Japan's Policy Between Short-Term Wealth and Long-Term Global Welfare- [Berlin: Springer Verlag, 1992]
[2] 菅井「現代における主体形成ー地域住民運動からの接近」(『賃金と社会保障』No. 966、1987年 7月下旬号)
[3] 菅井「住民が決定する巻原発ー民主主義の原点に立ち返る」(『技術と人間』1995年11月号)
[4] 菅井「空洞化した民主主義に魂を吹き込む住民投票」(『木曜通信』NO. 11 1997年10月)



共通論題 報告3

戦後雇用問題と社会政策―経済構造調整期以降を中心に

木村 隆之 (岐阜経済大学)


I はじめに
経済構造調整期に入って以降の雇用政策の前提は、国際化、サービス経済化、ME化、労働力の女性化、高齢化、雇用の多様化(不安定雇用)であった。雇用政策の課題は、この前提のもとで雇用の確保と安定を図ることであった。少なくとも90年代の前半、バブル経済の崩壊の時期までの雇用政策は一定の成功を収めた。しかし、バブル経済の調整過程に入った90年代の半ば以降は、雇用の確保と安定の両面で、雇用政策は危機的局面を迎えることになった。雇用政策の論理そのものが再検討を迫られている。

II 雇用問題の構造変化
雇用問題とは雇用の確保と安定を阻害する諸要因の存在である。それは、農業をはじめとする小生産の停滞と解体、産業構造の変動、生産の海外移転を背景として生じてきた。これらに対応して、日本経済は、労働力流動化、減量経営と雇用調整、経済のソフト化、雇用コストの抑制ないしは削減によって対応してきた。そのもとで雇用総量(雇用者数)の増大傾向が維持されてきた。
しかし、90年代半ば以降は、明らかに異なる様相が現れてきている。雇用量そのものが停滞し、失業率も上昇の一途をたどっている。雇用の確保と安定からは遠ざかりつつある。さらに、女性、高齢者、あるいは不安定雇用者の雇用条件の改善は容易に進まない事態も迎えている。

III 雇用政策の展開と危機
雇用政策は雇用創出(雇用の維持と開発)、雇用管理(雇用の安定と活用)、労働力需給システムの整備(雇用の流動化)という面で展開されてきた。雇用政策は雇用確保という面では一定の成功を収めてきたが、その限界も露にしてきている。
【雇用創出】雇用調整に対して、助成金によって企業の雇用維持を促す政策が繰り返されてきている。さらに雇用開発を助成金により支援する政策も展開されてきた。それは産業構造の転換や産業の地方分散にもそれなりに有効性を発揮し、労働力不足の局面すら生み出してきた。しかし、バブル経済の調整過程以降においては雇用創出への刺激効果は減退してきている。
【雇用管理】女性や高齢者などの積極的活用を企業に促し、同時に雇用の安定との調整を図るための制度的な整備が進められてきた。しかしその活用は拡大したものの、雇用安定(平等待遇)の実現は困難になっている。
【労働力需給システム】労働者派遣という新しい需給システムの定着とともに、公的職業紹介の機能回復が図られてきた。しかし、規制緩和というかたちで雇用の安定よりも雇用調整に対応した労働力移動の促進に力点が移されつつある。これが必ずしも雇用増加と確保につながらないことは事態の推移が示している。
IV 雇用政策の展望
雇用政策が雇用の確保と安定という課題の実現から遠ざかりつつあるとすれば、雇用政策の論理そのものが全面的に見直されなければならない。その際に必要とされる視点は、地域における生活基盤の安定である。

雇用政策 1985-99年
基本方針 雇用創出 雇用管理 需給システム
1985     男女雇用機会均等法 労働者派遣法
1986

 

 

国際協調のための経済構造調整研究会報告

 

雇用調整助成金運用基準緩和

輸出型産地を緊急雇用安定地域指定

特定地域中小企業対策臨時措置法

30万人雇用開発プログラム
男女雇用機会均等法・指針と省令

高年齢者雇用安定法:60歳定年努力義務
雇用対策推進本部:広域移動

 

 

1987

 

経済調整特別部会報告:構造調整の指針

第4次全国総合開発計画:多極分散型国土
地域雇用開発等促進法 改正労働基準法:週40時間目標

 

産業雇用安定センター

総合的雇用情報システム
1988

 

世界とともに生きる日本―経済運営5ヵ年計画

第6次雇用対策基本計画:ミスマッチ対策
改正特定不況業種雇用安定法

産業雇用安定助成金制度創設
  小規模企業人材円滑化支援事業:人材あっせん

 

1989

 

 

 

大規模雇用開発促進助成金

雇用安定・改善事業統合
パートタイム労働指針

時間外労働協定指針:年間450時間
人材Uターンセンター開設
1990

 

行革審最終答申

 

 

 

高齢者法改正:継続雇用の努力義務

高齢者対策基本方針:60歳定年目標
派遣労働者受け入れ企業の指針
1991

 

経済審議会:今後20年間の長期展望提示

 

改正地域雇用開発等促進法

中小企業労働力確保法
育児休業法

 

 

 

1992

 

第7次雇用対策基本計画:人手不足対策

生活大国5ヵ年計画
雇用支援トータルプログラム

雇用調整助成金の申請基準緩和
パートタイム労働問題研究会報告

労働時間短縮促進法
産業雇用高度化ガイドライン:労働移動促進

 

1993

 

 

 

雇用調整助成金の大幅拡充

 

パート労働法

改正労働基準法:法定労働時間40時間
 
1994     高齢者法一部改正:高齢者派遣自由化  
1995

 

 

新6ヵ年計画:構造改革のための経済社会計画

第8次雇用対策基本計画:「失業なき労働移動」

 

改正特定不況業種雇用安定法施行

 

介護休業法

 

 

雇用対策協議会の設置:労働移動促進

人材資産形成プログラム:新産業への移動

人材銀行の紹介を在職者に拡大
1996       規制緩和計画:有料職業紹介大幅自由化
1997

 

 

 

 

 

均等法改正、及び女子保護規定撤廃

中小企業への週40時間労働制適用
規制緩和計画改定:有料職業紹介原則自由化

規制緩和計画改定:労働者派遣自由化
1998

 

 

 

 

 

雇用分野の総合経済対策:雇用給付金拡充

雇用活性化総合プラン

改正中小企業労働力確保法
パート労働法改正見送り

改正高齢者法:60歳定年義務化

改正労働基準法:裁量労働制拡大
職業安定審議会報告:労働者派遣原則自由化

労働者派遣法改正案閣議決定
1999       職安法改正方針:民間職業紹介原則自由化


共通論題 報告4

コミュニティ・ユニオンの組織と活動

高木 郁朗 (日本女子大学)

1.問題意識
 共通テーマを考慮すれば、本報告が設定された目的は、地域の社会政策の展開にコミュニティ・ユニオンがいかなる機能を発揮できるかを検討することにあると思われる。コミュニティ・ユニオンは、現在のところでは、地域の社会運動としては、限界的な位置を保っているにすぎないが、地域の社会システムの改革につながる要素がある。報告ではこの点を考慮し、コミュニティ・ユニオンの実態を概括する。
2.歴史からみた地域労働組合運動
 第2次大戦後、「地域労働運動」という用語は各時代に異なった意味をもたされてきた。争議手段としての「地域スト」、争議への大衆動員と政権戦略の両面をもったぐるみ闘争、中小企業労働運動とかさなりあうとともに中小企業労組の統一行動を意味した「地域闘争」、1980年代の地域生活圏闘争などがそれである。
3.コミュニティ・ユニオンの成立
 コミュニティ・ユニオンは地域労働運動の歴史としては最終盤の1980年代に登場する。出発点は、1981年に総評がパートタイマーの組織化に着手し、本工組合への加入のほか、地区労と提携して自立的なパートユニオンの結成を提唱したことにあった。このため、最初はパート・ユニオンとよばれることが多かったが、実態としてはパート以外の労働者も参加するようになり、全国各地に同種の地域労働組合が成立し、1989年コミュニティ・ユニオン全国ネットワークが成立して、この呼称が定着した。
 1980年代の前・後半の時期にコミュニティ・ユニオンが成立した理由の1つはオイルショックののちの企業の減量経営のなかで、正規従業員を「減量」し、女性パート労働者の急増、派遣型労働者、外国人労働者の登場など、雇用形態の多様化が促進されたことにある。雇用形態の多様化は、産業構造の変動とともに、労働組合の組織率の低下の主要な原因であった。大企業労働組合への影響力を喪失していた総評と総評系地域組織は、組織上の危機感を深め、組織拡大の方向としてこれらの多様な雇用形態のもとにある労働者層に着目し、多様な雇用形態のもとにある労働者自身の組織化を求める動きと連動した。
4.コミュニティ・ユニオンの特質
1)組織単位と組織対象
 基本的には労働組合の組織対象として大企業あるいは官公庁の従業員以外の分野への組織を拡大する手法として、地域単位の個人加盟方式を採用している。現在、全国ネットワークに参加している多数のコミュニティ・ユニオンは、組織形態において多様な内容をもっており、職場単位組織の加盟と個人加盟を併用し、実質的には職場単位組合の方が主力となっているケースもみられる。たとえばパート労働者をとってみると、ある企業における雇用関係は不安定であるが、地域には定住しており、安定的な組織としては地域を単位とすることが求められることになる。雇用契約も一般に個別の労働契約として成立することが多いから、企業、職場を単位とする集団的な労使関係にはなじまないことが多い。
 コミュニティ・ユニオンの組合員のなかでは、女性の比重がきわめて高い。対象としている非正規従業員のなかでの女性の比率の高さを反映している。外国人労働者が40%程度を構成しているユニオンもある。また組合員のなかには、喫茶店の店主、独立の編集者など、自営業に属する人々、管理職なども参加している。
2)労働法規の重視
 活動内容の面で、他の中小企業労組と共通する側面としては労働法規の重視がある。近年の労働法分野における規制緩和については、もっとも強い反対意見を表明している。
3)雇用をめぐる紛争
 解雇や倒産をめぐる紛争は中小企業労組にも多い。解雇をめぐる紛争は、一般労組系列では争議団のかたちをとることが多く、コミュニティ・ユニオンにおいてもそうした事例は存在するが、多数の事例は、団体交渉によるというよりは、ユニオンの介入による個別の話し合いによる解決が多い。
4)相談活動
 コミュニティ・ユニオンの活動の重要な部分が個別の組合員からの相談に対応することにある。残業が多すぎる、残業手当が不払いである、年休がとりにくい、など団体交渉というよりは相談にもとづく経営者との個別の話しあいで解決をはかるケースが多い。社会保険出張所や労働基準監督署との話しあいや事務手続きにかかわるものも多い。
5)共済活動
 すべてのコミュニティ・ユニオンは労働者自主福祉事業としての共済制度をもっている。一般にコミュニティ・ユニオンの組織は小さいから自前の福利事業をもたないため、地域の他の労働者福祉活動とネットワーク的な提携関係を結ぶ事例が多い
6)事業活動
 コミュニティ・ユニオンのなかには、組合員の就業の場の保障と組合自身の財政基盤の確立の2つの目的をかねて、事業活動を展開しているケースがある。この部分は、本大会でべつのテーマとされている労働者協同事業とかさなりあっている。
7)地域の生活課題
 現状ではそれほど多くのユニオンが参加しているわけではないが、内容上は、1970年代の生活闘争、1980年代の生活圏闘争をひきつぐかたちでの地域での生活課題にとりくんでいるコミュニティ・ユニオンが存在する。
8)ナショナルセンターとの関係
 コミュニティ・ユニオンは、ナショナルセンターの系列は意識されているものの、自立性が高いことに特徴がある。コミュニティ・ユニオン全国ネットワークが形成されているが、自立的なユニオンの連帯組織として位置づけられている。
5.コミュニティ・ユニオンをめぐる論点(略)

関係文献
1)「地域生活圏と現代労働組合運動」、平和経済計画会議編『地域生活圏と現代労働組合運動』、1981年、労働経済社、(第I部 総論)
2)「地域労働運動の課題と展望」、『季刊労働法』、141 号、1986年10月
3)「コミュニティ・ユニオンの構想」、コミュニティ・ユニオン研究会編『コミュニティ・ユニオン宣言』、1988年、第一書林
4)「コミュニティ・ユニオンの今後」、『労働調査』第327 号、1996年5月



共通論題 報告5

成熟過程の市民社会における公共と協同の役割−労働者協同組合運動・高齢者協同組合運動の実践から

永戸 祐三 (日本労働者協同組合連合会)


1.私たちの取組みの現状
(1) 歴史
  ・中高年雇用福祉事業団全国協議会(1979年9月)→日本労働者協同組合連合会
  (1987年5月)→協同労働の協同組合法(労協法)制定運動、高齢者協同組合の
   設立運動へ
(2) 事業規模の変化
  ・全国連合会  現状事業高 150億円  組合員8000人
  ・センター   1982年事業高約2000万円  組合員20人
          1999年度   80億円    組合員3000人
  ・主な事業
   委託中心のサービス業から、それも含め直接市民地域と結ぶ、福祉・介護の仕
   事のはじまり。
(3) 質的変化
  ・失業闘争からの出発−労働組合運動における「事業団」方式による「雇用確保」
  ・「労働者協同組合」への意識化−ICAへの加盟(1992年)
   (1980年レイドロウ報告のインパクト)
  ・労協運動の本格的発展(労協法制定運動)と高齢者協同組合運動の展開
(4) 事業経営路線
  ・全組合員経営から共感の経営へ
  ・人と地域が必要とする仕事を協同でおこし、事業として成り立たせ、社会的に有用
   なものへ発展させる。

2. 社会の現状をどうみるか
−私たち労協の社会的使命を考えるにあたって
1)「国民国家」「大量生産、大量消費、大量廃棄」システムの破綻
2)資本主義の暴走−市場至上主義の流れ
3)市民の覚醒、分権的社会の到来
4)私たちの取組みの中から
  ・労協法に対する各方面の反応
  ・ 高齢者の現実と東京高齢協生協法人認可の意義

3. 当面する労協運動のテーマ
1) 現在の中心的スローガン
−新しい福祉社会の創造
  ・「労働の人間化」「地域の人間的再生」
2) 労協運動「5つの理念」
1. 新現場主義
2. 事業・運動の総合的・地域的な協同のネットワークの創造・確立
3. 政策、制度への市民の参加と改革、必要な新しい政策、制度の市民的創造
4. 新しい社会システムととしての協同センターの確立
5. 市民の新しい力と協同労働を協同組合再生の力に
(1/15日本労協新聞参照)
3) 制約の多い委託型の仕事の中での労協運動から、地域、市民と直接結んでおこす
仕事へ −労協法の必要
4) 介護保険制度施行への対応から地域保健福祉運動・事業へ全力をあげる
・ ヘルパーの養成(講座の全国展開)
・ ’99年度実験事業への取組み
・ 地域福祉事業所の確立
・ 2000年4月〜 介護保険施行時全国で指定業者に
5) 協同組合運動の新しい発展と労協運動
−協同組合間提携、協同セクターの確立めざして

4. 探求課題、実践課題
1) 市民が市民として社会的、地域的必要に応える事業・運動に参加するというこ
と。
2) 「市民的公共性」−新しい公共性の創造
・社会制度・法と市民と協同のあり方
・そもそも公共とは何なのか
3) 市場はコントロール可能なのか
・市場至上主義−市場可能主義的考え方の危険
・対抗、コントロールは何によって可能か
・市場と市民と協同と
−「人間的市場」は可能か
4) 労働をめぐって
・雇用労働が労働形態の全てか
・ 労働のあり方をめぐる多元性、多様性の社会的認知−協同労働−労働者協同組合
法案の提起
5)介護・福祉の新たに形成される市場は、公共と市民自立の関係の実験場



共通論題 報告6

福祉政策における国家主導と地域社会―市民までへの分権と中央政府への集権のせめぎあい

大谷 強 (関西学院大学)


1.日本における1980年代からの福祉政策の自治体への移管の動き
(1)1987年の機関委任事務から一括自治事務への移行過程
・ 財政負担の中央政府から地方自治体への移管
・ 中央の財政問題の行き詰まりのつけまわしの面も
・ 自治体の条例化による福祉政策の可能性
(2)ゴールドプランと自治体による高齢者保健福祉計画づくり
・ 中央の目標値を超えた地方からの積み上げによる新ゴールドプランへ
・ トップダウンからボトムアップへの動きの背景
(3)障害者プランやエンゼルプランの自治体での作成の取り組み
  ・社会サービスを利用して自立生活を営む自由の保障
・ 高齢者政策と同じようにすべての自治体で定着しなかった理由
(4)介護保険による保険者=自治体と地域政策
・ 地域における支援を利用しながらの自立生活
・ 生活している地域での社会サービスの利用
・ 財政負担とサービス利用との身近で透明が関係
(5)福祉のまちづくりにかかわる市民ルールの形成と条例化による自治体設計
・ 生活の拠点としての地域社会の重視
・ 特別な対象者の課題から広く市民全体の共通課題に
(6)分権推進委員会による機関委任事務から地方分権への提案と分権計画
・ 機関委任事務の廃止と自治事務への転換
・ 自治体の自己決定権の確立と政府間の対等な関係
・ 自治体の条例づくりと市民自治のあり方
・ 財政の分権が伴なっていない限界と市民の公的負担のあり方

2.福祉政策における施設中心主義から地域生活の登場
(1)国家による特定の対象者に限定した最低水準の生存の保障
  ・特別対策として社会から切り離された福祉対象者の性格による確定
(2)地域からの隔離と「保護」と「治療・訓練」を中心にした施設型の福祉政策
(3)全国的な水準での所得保障と医療サービスの提供から社会サービスニーズの登場
(4)障害や疾病を持ちながらも地域生活を営む生活者としての主体の主張
(5)パターナリズムからの解放と自己決定の権利の主張
(6)生活者(市民)の参画による統合された社会の構築

3.福祉政策における自治体サービスと市民の自発的な事業によるサービス
(1)地域を基本にした市民生活のあり方と市民主体による生活の自己設計
(2)中央政府の全国的な生活保障の政策体系と地域の独自性に対応した生活の保障
  ・全国一律の基準と地域の格差の積極的な評価・独自性の認識
(3)自立生活の支援にむけた自治体政策と多様なサービス提供事業者の参入
  ・市民が利用者として行使できる選択の自由
(4)市民の多様な活動を通じての社会参画とコミュニティの維持
  ・サービスを利用する存在から企画し提供する市民としての活動
(5)市民の自発的な事業をつうじた社会問題の解決とその補完としての自治体政策
  ・社会サービスにおける雇用政策の重要性と地域産業の確立
・ 市民自主事業NPOの対行政(対政府)の意義付け
・ ペイドワークとアンペイドワーク、ボランティアなど
(6)自治体の行政から市民自治の支援への公共概念の広がり
・ 自治体行政と市民との権力関係と相互協力関係の重なりあい

4.国家主導的社会政策から市民社会支援政策の確立の展望
(1) 全国的階級概念から地域における市民概念へ主体の転換が意味するもの
(2) 国家による集団的生存の確保から社会の支援による個人の自己決定権の保障へ
(3) 行財政的に自立していない自治体行政と弱体な市民社会
(4) 地域社会における企業と自治体・市民との接点が少ない現実の関係
(5) 国家主権による市民の包摂・統合の力学に対抗する市民の政策形成能力

[関連既発表文献]
大谷 強 『自治と当事者主体の社会サービス』1995年、現代書館
大谷 強 「福祉のまちづくり条例と地方主権の確立」
           『産業と経済』(奈良産業大学)第11巻第4号、1997年3月
大谷 強 「福祉・保健分野における地方分権化の問題と課題
       ―「地方分権推進委員会第1次勧告」を踏まえてー
                       『社会福祉研究』第68号、1997年
大谷 強 「地方分権時代における条例の意義と課題」
                       『部落解放研究』第121 号、1998年
大谷 強 「連載・介護保険法を私はこう読む」
           『市政研究』(大阪市政調査会)第119 号〜第121号、1998年


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