1997年は、ヴェテランまたは中堅の会員による、とくに〈労使関係〉分野での力作の多い豊年であった。第一回の選考委員会(3月24日開催)は、この97年の特徴を業績目録などによって確認し、1)必ずしも〈労使関係〉、〈生活・社会保障〉両部門からの選考という慣行にはこだわらない。2)どちらかといえば相対的に若い研究者の著作を選ぶという方針に決めた。こうして飯田鼎、山田高生、宮島尚史、栗木安延、下山房雄、兵藤釗、二村一夫(敬称略、以下同じ)ら、年配の「大ヴェテラン」の作品はひとまず選考外とされた。
それにしてもみるべき候補作は多く、なおおよそ15冊の単著に及んだ。選考委員には、第2回(4月28日)までに各自がその専門に応じて少なくとも4冊を、第3回検討(5月23日)までには全員が精選された6冊をすべて読んでくることが義務づけられた。そして結局、この第3回の選考委員会でのより立ち入った討論を経て、次の三つの著作の受賞が決定されたわけである。
学術賞:西成田豊『在日韓国人の「世界」と「帝国」国家』(東京大学出版会)
奨励賞:石田光男「工場の能率管理と作業組織」(石田光男他三氏『日本のリーン生産方式』所収)(中央経済社)
木村保茂『現代日本の建設労働問題』(学文社)
西成田豊の作品は、第一次世界大戦期以降の「既往在日朝鮮人」と後に「強制連行」された朝鮮人の双方を視野に収めて、その出身地、募集や調達、就業構造、労務管理と労働条件、多様な「抵抗」の所在などを克明に分析するものである。その資料収集は徹底的で、構成は緊密であり、論旨のはこびにも飛躍がなく、文字どおり書き下ろしの魅力に満ちていることが高く評価された。
石田光男の論文は、その評価を巡っては論争も多く「参入障壁」の高いテーマである日本自動車工業の生産システムに、あらためて立ち入った調査研究を試みる。厳しい目標設定、コントロールとインセンティブへの「合意」調達、高度な仕事の階層的分業などの指揮を通して、要するに日本企業のがっちりした働かせ方が説得的に論証されている。
他方、木村保茂本は、類書の少ないわりには労働力として無視しえぬ比重をもつ建設労働者を、技術と労働、多層的な労働市場、下請関係など多方面から地道に模索した長年の調査研究と評価できよう。興味深い事実の発見も数多い。
選考委員会は苦慮の末、現時点の私たちにとってきわめて興味深いテーマに挑む二作品、早川征一郎『国家公務員の昇進・キャリア形成』(日本評論社)と、埋橋孝文『現代福祉国家の国際比較』(日本評論社)を選外の佳作とした。ひろく関心をよぶテーマだけに、異論や不満も他者に対してより多くなりがちだったと思われる。そのほか井上雅雄『社会変容と労働』(木鐸社)、本間照光『団体定期保険と企業社会』(日本経済評論社)、海野博『賃金の国際比較と労働問題』(ミネルヴァ書房)、土田武史『ドイツ医療保険制度の成立』(勁草書房)、大竹美登利『大都市雇用労働者夫妻の生活時間にみる男女平等』(近代文芸社)、乗杉澄夫『ヴィルヘルム帝政期ドイツ労働争議と労使関係』(ミネルヴァ書房)などにも、会員による97年度の有意義な著作として注意を払った。著者各位には、受賞の成否はもとよりその年の選者の「眼識」いかんによるゆえに、ある意味で運、不運はまぬがれぬものと了承されたい。
1997年度社会政策学会賞選考委員会 熊沢誠(委員長、文責)、山本潔、相澤與一、西岡幸泰、岩田正美。