社会政策学会第四回大会記事
はじめに
左の記事は会員河津博士が国家学会雑誌第二十五巻第二号に寄稿せられたるものを採録したるものなり。
概 況
わが社会政策学会は、昨年〔1910(明治43)年〕十二月十八、十九の両日にわたり、早稲田大学講堂に於て第四回大会を開き、第一日は市営事業につき討論し、第二日は例の如く会員の講演会を催せり。大会委員は九月以後数回会合を催し、諸般の準備を整へたり。とくに早稲田大学に関係ある会員諸氏は、会場その他のことにつき周旋の労を執られたるは本会の最も多とする所なり。本会が会を重ぬる毎に益々発展の実を挙ぐるを得るは、実に会員の最も熱誠なる協力の致す所にして、本会の私に誇となす所なり。とくに京都大学よりは神戸博士が、東北大学よりは高岡博士が、神戸高等商業学校よりは津村、田崎、内池三教授が、山口高等商業学校よりは山本教授が、長崎高等商業学校よりは武藤教授が、何れも遠路を厭はず来会せられしは本会の多謝する所なり。ただ報告者河田学士がやむを得ざる事情ありて来会せらるゝこと能はざりしは、会員一同の大に遺憾とする所なり。
今序を追うて両日討論講演の要旨と大会の状況を略述すべし。
社会政策学会第四回大会順序
第一日 十二月十八日(日曜)午前九時早稲田大学講堂ニ於テ開会
一 開会ノ辞 東京法科大学教授法学博士 金井延君
一 歓迎ノ辞 早稲田大学々長 法学博士 高田早苗君
一 討議 市営事業
報告者
京都法科大学助教授 法学士 河田嗣郎君
早稲田大学教授 法学博士 塩沢昌貞君
東京高等商業学校講師法学博士 関一君
来賓演説
伯爵 大隈重信君
東京市助役衆議院議員 田川大吉郎君
会員討議
一 懇親会
午後六時ヨリ大隈伯爵邸
第二日 十二月十九日(月曜)午前九時ヨリ早稲田大学講堂ニ於テ開会
一 講演
交通機関ノ発達ノ地価ニ及ホス影響 京都法科大学教授法学博士 神戸正雄君
我国農民ノ負債ニ就テ 東北農科大学教授法学博士 高岡熊雄君
人民ノ自覚 東京法科大学教授法学博士 高野岩三郎君
社会政策カ個人政策カ 東京文科大学教授文学博士 建部遯吾君
出産率上ノ一大危険 早稲田大学教授 永井柳太郎君
株式会社ノ倫理 東京高等商業学校教授 上田貞次郎君
市ノ社会政策ニ就テ 東京法科大学教授法学博士 松岡均平君
商業上ノ興信調査ニ就キテ 東京高等商業学校講師 佐野善作君
都市ノ家屋 郵便貯金局長法学士 下村 宏君
一 第五回大会委員ノ選定
一 閉会ノ辞
一 工場縦覧
十二月二十日 東亜製紛株式会社工場
第1日
十二月十八日午前九時開会す。この日来賓諸氏はなはだ多く、とくに荘田平五郎氏の如き終日傍聴せられしは、実に本会の最も栄とする所とす。金井博士登壇、開会の辞を陳べらる。博士は先づ早稲田大学が本会の為に多大の賛助を与へられたるを謝し、次で本会の歴史を叙し、農商務の諮問に対してなしたる工場法案の修正案を朗読し、更に話頭を転じて、社会政策と社会主義の異同を明にせられたり。一般的思想の傾向としては、両者共に個人の意思をして社会共同の意思に服従せしめんとするものなれば異らざれども、学説系統若くは実行系統としては両者全く異れり。社会主義は現今経済社会の基礎を根底より顛覆せんことを期するものなれども、我等が主唱せる社会政策は、社会の基礎を破壊せんとするものにあらずして、その病所弊害を矯正して社会をして円満なる発達を遂げしめんことを期するものなり。我等は絶対的個人主義に反対すると同時に、これ等革命的破壊的なる社会主義その物に反対するものなりと。
金井博士の開会の辞につぎ、早稲田大学々長高田博士は軽妙なる辞を以て歓迎の辞を陳べらる。曰く社会政策学会は社会の病を医する医士の如し。社会主義の治療法はあたかも手療治に似たり。その危険頗る大なるものあり。むしろ熟練なる医士につきてその療法を聴くの勝れるに如かざるなり。而してその療法は、一に冷静なる学者の団体に待たざる可らざるなり。本学も同じく私に社会の病を医するを以て任ずるものなれば、本会の如き同じ目的を有するものゝ為に、多少の援助を敢てするは本大学の最も欣ぶ所なりと。
塩沢博士は報告者の一として登壇し、詳細に討論題なる市営事業につき報告せられたり。その報告の要点を抄記すれば、
先づ市営事業の性質範囲と題して、都市の事業は普通の行政事務の外に、社会上教育上衛生上公益を目的とするものあり。これ等は毫も営利の意義を合まず。又一般公益を増進するを以て目的とすると同時に、営利の目的を有するものあり。これ等のものゝ中、或は競争的のものあり、或は独占的のものあり、独占的のものに至って初めて特殊の性質を帯ぶるなり。即ちこれ等のものは、都市の公有財産を利用する事業なり。市民一般の利害を支配する事業なり。競争が行はれざるが為に、企業家の意思によりて料金を決定するを得る者なり。本日の討論の題目となるは、けだしこの種の事業なるべし。鉄道瓦斯電灯等の如し。これ等のものは私立会社をして之を経営せしむることあるも、特許事業として経営せしむるものなれば、自然都市自ら之を経営するを得策とすべしとの論を生じ来らざるを得ざるなりと説明し、次に諸国に於るこれ等事業経営の概況を報告し、次に諸国の市営の成績は国によりてけだし一様ならず、英国の如きは瓦斯電灯鉄道等何れも市営となりてより成績大に宜しく、英国にては之を市営となすの利益を認むるもの多し。独逸の市街鉄道の如きは、種々の事情ありて収入上十分の効果を挙ぐること能はざるものゝ如しとて、諸国の市営事業成績を概論し、最後に市営事業の利害と題し、このことにつき先づ考ふべきことは、市政の良否なり。市政良からざれば、都市をして之を経営せしむるも、良好なる成績を挙ぐると能はず。然れども、討論するに当りては、之を暫く論外として研究せざる可らず。その適否を判別する標準は、第一にはその事業の性質なり。換言せばその経営の難易なり。第二には公益に関係する程度なり。第三には独占的なりや否やなり。一概にいふこと能はざれども、上にいふ事業の如きは、之を市営となすを適当なりと信ず。但し之を以て財源となすべからず。とくに自治体は本来の性質上、個人の自由及利害を代表するものなれば、市営は個人の独立心企業心を消磨するものに非ずして、むしろ之を刺激する効果あるべしとて、理論上市営の利益なることを立証せられたり。右講演おわるや既に正午を過ぎたれば、之にて一時休憩することし、会員等は別室にて午餐をしたため、紀念の為め撮影し、午後一時二十分再び討論に移る。
関博士は登壇、市営事業の中最も議論のある市街鉄道につきて予の研究し得たる所を報告すと前提を置き、報告の要旨を、(一)市街鉄道の発達及現況、(二)市営可否論の比較、(三)市街鉄道の経営の三段に分ち明細に報告せられたり。第一段に於ては市街鉄道の発達を説明し、次で現況に移り、英国にては市営とするもの民営とするものに倍し、独逸にても市営とするもの多く、とくに人口五万以下の都会に於て市営とするもの三十八市の多きに及ぶと雖も、四万以上の都会に於ては民有の数むしろ市営とするものに勝れり。これに反し米国、白伊〔ベルギー、イタリア〕等の諸国にては民有の国なりと説明し、第二段に移り、市営可否を財政上の成績、運賃、営業の状況、使用人の待遇の四点より論究す。財政上の成績は単に計数のみを以て比較すること能はざるものなれば、いきおい理論上之を比較するを以て満足せざるを得ず。理論上より之を観れば、市営はむしろ民業に勝れり。之を民業となすも、株式会社組織ならざるを得ず。故に民業に尚ぶ経済的経営は之を望むこと難し。むしろ市営とするの勝れるものあるを信ず。之を市営となせば、低利資金を得ること容易なるのみならず、自然の増収をその手に収むるを得べし。故に理論としては市営を可とす。運賃の点につきて論者は往々市営と均一制とを一致するものの如く思ふ者あれども、必しも然らず。民業国なる米国に於ては均一制を操るに反し、独逸は市営となりてより均一を抛ちたるもの少からず。これ等はむしろ種々経済事情の異れるより来れるものなりと論明し、運賃の点も市営を勝れりと思ふ。その理由は市営は利益の多きを目的とするものに非ず。従て運賃は概して民業より廉なり。とくに労働者等に対し割引をなす国多し。次に営業の状況も、速力延長等の諸点より考へて、市営むしろ優れり。米国は延長速力等に於て市営国に優れるものありと雖も、米国特殊の事情に基くものにして、米国の例を以て一般を推す可らず。使用人の待遇も労働時間賃金等の諸点より市営を可とすとて、可否両論を比較して市営を挙げられり。但し諸国が之を民業より移して市営となすに至りしは、これ等の市営論に聴きたるものに非ずして、むしろ益保護の動機に由る者なりとて、英独両国に於て市営となりたる事情を詳説し、最後に結論として、予は市営説を採るものなれども、絶対に市営を可とするものにはあらず、ある条件の下に之を賛するものなり。その条件とは、第一市政とくに事業経営の組織が完全なること、第二厳密なる会計監督をなすこと、第三収入主義を以て事業経営の本義となさゞること、是なりとて、各項につきて詳説し、新に都市が市街鉄道を設くる場合と既設の民営市街鉄道を市営となす場合とは、自ら観察を異にせざる可らずとて、後者の場合には、ときに相当なる価格にて買上る必要あり、その買上価格の算定の如きは宜しく之を公示せざる可らず、その市民の負担に重大なる関係あればなりと説かれたり。
関博士に次で河田学士が報告せらるべき筈なりしも、にわかに已むを得ざる事情ありて出席せられざりしを以て、委員はとくに松岡博士に乞ふに市営事業に関する意見を講演せらるを以てせり。松岡博士はとくに調査せられたる市営事業の一として、法律相談所の起原沿革任務組織効用等に亘りて詳細に演べられたり。その独逸に起りしは労働保険法の実施せられたる後のことにして、同法に関する疑義百出し、しかも労働者等は之につき普通の法律家につきて疑義を質し、その権利を伸ぶること能はざるを以て、市にて法律相談所を起すに至りたるものにて、資産なきものには甚だ利益あるのみならず、仲裁忠告等に由りて争を未然に防ぐこと少からざるを説明し、我国にもこの制を起すの必要ありと断じ、之に対する二三の反対論を挙げ、之を反駁してその主張を明にせられたり。
博士の講演おわるや、来賓田川代議士は登壇し、その最も精通する市街鉄道問題につきて意見を吐露せられたり。その論旨多岐なれども、多くは関博士の報告につきての批評と見るを得べし。その中最も注意すべき点を挙ぐれば、均一制と区域制との比較につきて、関博士は均一制を主張せられしに対し、区域制を取るの市民の為に却て利益なりと考ふ。短距離の乗客は却て負担軽ければなりと説き、買上価格につきて予想を陳べて、東京街鉄は五十円株に七末の配当をなすが故に、之を七十円にて買上ぐるとし、その為に募集したる公債には五末の利子を支払ひ、元金の償還には東鉄の納むる五十六七万円を用ふるとせば、決して市民の負担を過重するものに非ずと説き、更に東京市が東京街鉄を買上ぐるとするも、英国の如くに一年内に著しき改善を望むこと難し。英国は民鉄を割安に買上ぐることを得たるのみならず、我東鉄は営業上手を抜く所少からざればなり。又経営主義につきても、関博士が利益の一部を他に流用すべからずと主張したるに対し、之を否認し、協定価格を公表すべしとの点につきても、今日の社会状態は決して之を許さずと説明せられたり。
田川代議士に次で、来賓大隈伯は快弁を揮はれたり。伯は政策はその時代その場所によりて異らざる可らざるものにて英米等に用ゐて適当なるものも、決して之を東京に用ゐて誤なしといふ可らず。論者は倫敦紐育の事情を説くこと甚だ詳密なりと雖も、我東京市の事情を説くこと甚だ暗し。かくの如きは政策を議する所以に非ず。わが東京市の如きは未だ市と称する有機体をなすに至らざるものなり。むしろ村落の集合と称するの可なる者なり。なんぞ英国等に倣ひて市街鉄道を経営する能力あらんやと痛罵し、我国現時の諸問題を批評し、最後に市理事者か市営を実行するに際しては、あくまでも公明正大ならざるべからずと論ぜられたり。伯の講演畢るや五時を過ぎ、討論をなすの余時甚だ少きを以て、司会者は一名五分を限り意見を陳べられんことを希望し、関博士は田川代議士の反駁に対し一応弁ずるの必要ありとし、英国の事情につき一言することあり。ついで均一制と区域制とを比較し、その意見を明にし、更に収益流用の可否につきて田川代議士の説を反駁せられたり。関博士に次で田中博士は登壇し、東京現時の状態は人口稠密と称すること能はざる者なれば、必しも均一制を採らざる可らずといふ理ある可らずと論じ、更に論鋒を転じて、塩沢博士の市営事業に収入主義を用ふべからずとの論を引きて、料金の如きは給付能力に由りて之を収めしめて差支あらざるが故に、収入主義を用ゐるも必しも誤謬なりといふ可らずと説かれたり。均一区域制の可否、収入主義の可否、市営の財政上の成績、その他理論に実際に論岐益々繁くして討論の余地甚だ多く、会員中意見を吐露せんことを論ぜらるゝもの少からざりしと雖も、時間既になきを以て司会者はこゝに閉会すべき旨を宣せられたり。
同日午後六時、会員の懇親会を大隈伯邸内に開きたり。来賓大隈、荘田、田川二三氏が臨席せられたるは、本会に幾多の光彩を添ふるものといふべし。とくに大隈伯が本会の為にその城廓を開放して之を迎へられたるは謝するに辞あらざるなり。食卓を挟んで快談壮語を交え、感興尽くる所を知らず。金井博士は本会を代表して大隈伯その他の来賓に対し厚く謝辞を陳べ、本会が年を追うて隆盛に赴き、世間も漸く本会の意見を重んずるに至れるは会員の一人として欣喜に堪えざる旨を陳べられたり。大隈伯は之に対し簡単に挨拶せられ、塩沢博士は準備その他のことにつき一言せられ、福田博士は種々感想を陳べられ、つづいて荘田氏の演説を乞はれたり。荘田氏立って予や今や閑地にあり、機会あらば益々研究せんとするものなり。本会の如き真面目に社会の諸活問題を講究する会合に陪し、知見を開くを得たるは予の大に満足する所なりと述べられたり。食を了へて別室に入り、三々伍々歓談を交え清趣尽くる所を知らず。会員の同会に出席したるもの数十名の多きに上り近来稀に見る盛会なりき。
第2日
十二月十九日午前九時予定の如く会員の講演を開く。
第一席 上田高等商業学校教授は「株式会社の倫理」と題し、株式会社の起原より説起し、その長短に及び、株式会社組織の長を採ってよく之を利用し得る国は盛に、そのよく之を利用することを得ざる国は衰ふ。株式会社はその国民の経済能力を試験する試金石なりと論じ、経済と道徳の関係に転じ、株式会社は公衆より資金を集めて之を活用するものなれば、之が経営に当るものは昔に見ること能はざる新道徳の覊束の下に立たざる可らず、我国近時株式会社の破綻するもの多かりしは、畢竟経営者が新組織に対する倫理観が欠くる所あるが故なり。我国はこれ等新倫理観を助長発達せしむるの要ありと結ばれたり。
第二席 山本山口高等商業学校教授は「工場法制定の精神を論じて我法案に及ぶ」と題し、工場法につきその意見を陳べられたり。第一段に於て、工場法制定の精神は決して労働者保護にあらず、生産要素の一なる労力保全にありと説明し、世間之を以て労働者を保護せんことを擬するが故に、夥多の誤解を招ぐなりと説き、我法案がこの制定の精神を逸するが故に、形髄を止めて精神を喪ふの弊に陥れりと罵り、第二段に於て、労働時間の長短を論じ、制定の精神を逸したる結果として労働時間の制限を設けざるに至る、泰西諸国には従来慣習職工組合の勢力等に由りて十二時間以上に労働時間を延長せしむること能はざるに、事情を異にせる我国にてその例を襲ふが如きは蓋し誤れるの甚しきものなり。殊に女工幼工等に対し十二時間を認むるのみか、更に之を二時間延長するの除外例を設くる如きはその意を得ずと断じ、第三段に繊維工業の為に除外例を設けしが如きは実に言語道断なり。英国は多くの工業に対して除外例を設けたるに拘らず、この種の工業に除外例を認めず、且つ我国繊緯工業は決して悲境にあるものに非ず、平均一割一分の配当をなせるものあり、之に十二時間労働を励行すべからざる理何れにかある、これ等工業に関係する女工は全国女工の八割に及ぶ、この大部分の女工に対し除外例を許し、しかもなお婦女労働の保護を云々するが如きは予輩その意の所在を知るに苦しむと説かれたり。氏の演説は実に理想派の為に万丈の気焔を吐きたるものといふべし。
第三席、高岡法学博士は「我国農民の負債に就て」と題し、その薀蓄の一端を洩らされたる者にして、我国現時の重要問題解決の一指針たり。博士は農業政策は技術的方面に重きを置くよりは、経済上の問題に重きを置かざる可らざるを説破し、土地の債務、農民の債務、その原因、その改良の四段に分ち、第一段に於て土地の債務の登記を経たるものは、七億六千三百万円あり。この外に土地の債務にして登記せられざるものあるべきが故に、土地の負債は約九億円と見るべし。第二段に入りて種々の統計にもとづきて、上に陳たる九億円の中、農耕地の負債は約六億円なりと測定し、第三段に於てその原因は或は生産的なるものもあるべし、之には金融機関の完備に由りて之を矯正救済するを得べしと雖も、その負債の多くは生産的原因よりはむしろ不生産的原因、即ち収支相償はざるより之を填補するか為に起したるもの多し。然らば我国農民の生計が豊なるか為に収支償はざるに至りしかといへば、決して然らず。その生活は都会人士の想像すること能はざる程低きものなり。しかもなお収支相償はざるは、畢竟その収入が甚だ少ければなり。その耕す土地の面積か過小なるが為めなりと断じ、第四段に進みて生産的負債は金融機関の完備を以て救ふを得べしと雖も、不生産的原因より生ずる負債は積極的救済法を採らざる可らず、土地の生産力を増進するの道を講ずるも一法なるべし。然れども我国目下の急務としては、農民の一部を国内若くは海外に移植し、以て農民の耕す土地の面積を増加するにありと断ぜられたり。議路井然〔理路整然〕として傾聴するに価あり。
第四席、永井早稲田大学教授は「出産率上の一大危険」と題し、現時文明諸国の出産率が多少減少せる事実を挙げ、之を詳論せられたり。劈頭マルサスとモンテスキュー等諸学者の人口論より説起し、次で仏国は勿論諸文明国に於て出産率の減少したることを説明し、更に進んでその原因に論及し、或は科学の進歩と共に老人の数が増加し、従て出産数の人口に対する割合が減じたるものなりといふものあれども、英独等の事実は之を否定すと説明し、或はその減少は結婚数が減少したるにもとづくものなりといふものあれども、仏国等にては結婚の数毫も減少せず。故に比説も採るべからずと断じ、即ち結婚はすれども出産は減じたりといふを以て当れりとすべく、その原因は人口が都会に集中するが為なりといふものあれども、むしろ避妊の風が行はるゝか為なりといふを以て適当とすべし。而もこの風は決して貧窮者の間にのみ行はるゝに非ずして、むしろ上流社会に多し。土地所有者の多き地方には出産率が甚だ少き事実の如きは之を証明すと説き、その結果に論及し、この事実は人口の減少の外国民の肉体的精神的堕落を招くの危険あり、とくに上流社会の人口の減少は下層人民の跋扈を惹起すべき危険あり。吾人はあくまで不自然にして人為的なる人口制限に反対せざるを得ずと説かれたり。
永井教授の講演畢るや、時正に十二時二十分なりしを以て、司会者は休憩を宣し、会員来賓等は別室に午餐をしたため、午後一時十分再び開会せり。金井博士司会者の席に着き、次回大会の委員を選挙すべきことを会員に諮る。桑田博士は之を司会者の指名に一任すべきことを動議し、賛成者ありしを以て金井博士は之を選定、直に講演会に移れり。
第五席渡辺ドクトルは「死亡数罹病数罹病日数の関係」と題し、先づ罹病の意義を明にし、統計上これ等の関係を証明するの困難なることを説明し、我国並に諸国の事実計数を挙げて、死亡数、罹病数、罹病日数は互に正比例をなすことを説明し、その原因として(一)業務の繁閑(二)職業種類(三)男女(四)収入の多少の四項を挙げ、之を説明せられたり。
第六席、下村郵便貯金局長は「都市の家屋」と題し、開口先づ我国衣食住の制度が渾沌とし定まらざるを慨し、之を研究するは目下の急務なりと説き、本論に入り、都市の家屋制も之を都市の家屋全体として観察すると家屋個々別々として観察するとは自ら異る、之を全体として観れば、我東京市の家屋の密度は諸国に比して高からず、その階数も僅に二階余に過ぎず。而もこの粗笨的家屋の制に加ふるに、交通機関の甚だ不完全なるは慨せざる可らず。又之を都市の家屋の配置より見るも、決して系統あり秩序ありと称すること能はず。吾人の潜心研究の必要ありと論じ、更に話頭を転じて、又之を個々として観察すればとくに注意すべき事実あり。我国の家屋の制は一言以て之を蔽へば非永久的なるにあり。是れ我国民性を表現するものにして、又我国民性を形成するに与って力ありしなりと断じ、我国家屋の将来につき専門家の説を紹介し、吾人は如何なる方面より見るもこの問題を研究して適当なる解決をなすの必要を感ずるものなりと結ばれたり。措辞巧妙にして聴者を殆んど酔はしめたり。
第七席、佐野高等商業学校講師は「商業上の興信調査に就て」と題し、先づ信用の意義種類より説き起し、その社会上経済上の得失を略論し、その利を収めて害を少くせんとするには諸般の制度あることを説明し、特に授信者をして迅速正確に調査の材料を得せしむるが如きは最も必要なり。而して授信者に報道する事項は大別して一般的事項と受信者に関する事項とに分つを得べし。こゝに説明せんとする所は後者にあり。現に諸国の大商事会社等には自らCredit departmentを設けて調査に従事せしむるもの少からず。凡そ受信者を調査するには次の方法ありとて、説明の便別の為に次の表を掲示し、各項につき詳細なる説明をなし、我国のその制度に欠くる所多きことを指摘し、その発達を希望せられたり。
自家関査 照会 本人
第三者 自己の懇意先
巡回売捌人
弁護士
銀行
レフェレンス
領事
探訪
委嘱調査 営利機関 興信会社
興信報告仲介会社
非営利機関 興信組合
商業会議所
第八席、高野法学博士は「人民の自覚」と題し、英蘭〔イギリス、オランダ〕及蘇格蘭〔スコットランド〕に於る共同卸売組合の事業を詳述せられたり。博士は劈頭現代の文明が古代の文明と異る点は、四民の平等と自由の承認となり。労働者が自らその位地を改善せんとする自覚は、現代文明の特長にして、やがてその程度はその国文明の程度を示すものなりと説き、本論に入り、同組合の事業は実に盛んにして予輩は之を視察して羨望の情に堪えざるものありき。同組合は全国に九十の工場と外国に若干の工場と若干の農業地を有し、更に四隻の船舶を備へ、組合員の為に日用品の製造買入を司れり、その外銀行保険業をも兼攝すと説き、会員の数売捌高又は職工数資本金等を揚げ、之を我国等の貿易等と比較し、英国の偉大なるは畢竟人民の自覚あればなり。我国労働者の情態と日を同うして談ずべからず。同組合の徽章の中には、小麦の傍に鋤を配し、之を結ぶ紐にはLabor and waitの一句あり。その組合の精神を発揮するものなり。我等も之に習ひて働き且つ待たざるべからずと結ばれたり。
第九席、神戸法学博士は「交通機関の発達の地価に及す影響」と題し詳述せられたり。博士は本問題は一見簡単なるが如しと雖も、その実然らず。こゝには只その観察点を説明するに止るものなりと前置し、緒論本論に分ち、緒論を第一地価の起因及地価決定の標準と第二地価上騰の傾向とに分ち、之を細分して説明し、本論に入りて更に市街地と農地に分ち、市街地は交通機関の発達より新都市起り、又は旧都市が拡張せられて地価の上る場合と、現在の市街地に及す影響とに分ち、之を説明し、農地につきても、従来荒蕪の地が交通機関の発達によりて農地となり、従て地価の上る場合と、現在の農地に及す影響とに分ち、之を説明せられたり。
神戸博士の講演了るや、金井博士は簡短に閉会の辞を陳べられ講演会を閉ぢたり。本日の講演は何れも重要複雑なる問題のみにて、之を詳述するは短時間の到底よくする所にあらず、而もよく之を講了し得たるは、講演者の技量にもよるとはいへ、幹事は予め時間を限定し之を励行したるに由る。このこと講演者にとりては実に気の毒なりと雖も、各種の問題に関し多くの講演をなす上には又已むを得ざることなりと思はる。
同会閉会後、上京せられたる会員歓迎会を兼ね新旧委員会を富士見町富士見軒に開く。席上金井、神戸、矢作、福田諸博士、中島幹事等の演説あり。次で次回の大会に於る討論題につき評論し、遂に労働保険につき討論することに決定し、報告者会場等は凡て委員に於て選定することに一任したり。本会は常に東京に於てのみ之を開きたれば、本年四五月の頃を卜し講演会を京都神戸の二市を開くことに決したり。快談時の移るを知らず、その散会したるは十時を過ぐる頃なりき。
第3日
十二月二十日午前十時、会員中有志の者は前年の例を襲ひて、東亜製紛株式会社工場を縦覧す。会員の之に参加したるもの甚だ多く、二十名を超えたり。諸井専務取締役は本会の為に大に尽力せられ、歓待至らざる所なし。とくに来会者一同に午餐を供せられ、工場その他を開放して会員をして縦覧せしめらる。その厚情謝するに辞あらざるなり。こゝに本会に代り一言謝辞を陳べざる可らざるなり。
〔2005年4月14日掲載〕
《社会政策学会論叢》第四冊 『市営事業』(同文館、1911年12月刊)による。
なお、ここでは読みやすさを考慮して、原文にはない「はじめに」「概況」「第1日」「第2日」等の小見出しを加え、原文では簡単にすぎる句読点を詳細にし、漢字の一部を仮名に改め、明白な誤植は訂正した。また〔 〕内は二村が追加した注記である。