社会政策学会賞
選考経過および結果報告





第8回(2001年)社会政策学会賞




1.選考経過

 第1回選考委員会を2001年10月20日に開催し、選考の基本方針を確認するとともに委員長を互選した。ついで第2回選考委員会を2002年3月29日に開催した。ここでは「社会政策学会会員業績一覧」を基礎資料として、幹事会等に寄せられた推薦図書を加味して、検討すべき業績を審議した。その結果、複数の業績を検討の対象とし、候補作品の絞り込みは次回の選考委員会に持ち越すこととした。
 これらの作品を選考委員が各自十分に吟味した上で、第3回選考委員会を2002年5月11日に開催した。慎重な審議を経て、次の2点の作品が候補作として選定された。

・ 小野塚知二『クラフト的規制の起源──19世紀イギリス機械産業』(有斐閣)
・ 田中洋子『ドイツ企業社会の形成と変容──クルップ社における労働・生活・統治』(ミネルヴァ書房)
 以上の選考作業にもとづいて、第3回選考委員会で委員各位の率直かつ真摯な討論の結果、以下の結論を得た。


2. 授賞作品

・学術賞 該当作品なし
・奨励賞 小野塚知二著『クラフト的規制の起源──19世紀イギリス機械産業』(有斐閣)
・奨励賞 田中洋子著『ドイツ企業社会の形成と変容──クルップ社における労働・生活・統治』(ミネルヴァ書房)

 小野塚氏の作品は、イギリス労使関係史を特徴づけるクラフト的規制がどのような条件の下で成立し維持されてきたのかを検討したものである。イギリス労使関係史とりわけ機械産業のそれは、クラフト的規制と経営権の自由をめぐる争いの歴史であった。ところが、3度にわたる大争議に勝利したにもかかわらず、経営者が反復してその権利を主張しなければならなかったという事実に注目し、クラフト的規制が、労働組合による一方的規制として行われたのではなく、経営者側においても、必要とする労働者の能力やその養成方法さらに現場管理者の職務権限も明確にできないという問題と相まって、いわば労使の暗黙の馴れ合いによって持続したものであることを、この作品は明らかにした。経営権を制約するクラフト的規制が、他ならぬ経営者の認識の曖昧さによってもたらされた事情を、乏しい資料を巧みな論理によって再構成し描き出したことは、この作品の優れた点である。とはいえ、選考委員会では、論理の重要部分をなす経営者における能力観の欠如を判断する基準は、当時の時代状況を踏まえて再構成されたものではなく、多分に著者の推測に負うものではないか、さらに、ここで描き出された労使関係像に立脚する研究の今後の可能性といった問題点が指摘された。しかし、これまで十分な形で説明されたとはいえないクラフト的規制の存続条件を明らかにした著者の構想力は、評価に値するとの結論に達した。

 田中氏の作品は、資本主義の発展が一様で単線的なものではなく、その社会で歴史的に形成されてきた価値観、制度・慣習などの伝統を与件として、多様な形態を示すという観点から、人と企業との長期的・生活保障的関係が歴史上はじめて現れたドイツの大企業、とりわけクルップを対象として取り上げ、その関係の生成・転換過程をマイスター論、ゲマインヴォール論、ヘル・イム・ハウゼ論という3つの問題領域から検討したものである。この作品は、雇用関係や労務管理をはじめとして個別領域で論じられてきた問題を、人と企業の関係という視点において捉え直し、クルップに残された豊富な資料を用いることで、市場中心の企業モデルでは説明できない先の関係が、確かな存在基盤を持って生成した背景と要因を描き出そうとするスケールの大きい試みとして受け止めることができる。選考委員会では、この意図を評価した上で、二元論的なテーマの設定、各問題領域間の関連づけ(特に第5章と第11章)、さらに各問題領域における分析の詰め、とりわけ分析の要となるマイスター制に関して、生産過程における機能分析を欠いていること、その存在は果して主張されているほど安定したものであったのか、といった問題点が指摘された。しかし、個別企業における雇用を軸とした関係構造の歴史的展開を追うことによって、資本主義像というマクロの世界を把握しようとする姿勢が一貫していること、それを裏付けるために厖大なクルップ関連資料を渉猟し、手堅い実証作業がなされていることは、十分評価できると判断した。


以上が本選考委員会の経過及び結論である。

2002年5月24日

2001年度社会政策学会賞選考委員会
委員長 中川清
委員 伊藤セツ 上田修 武川正吾 三富紀敬





先頭へ

学会ホームページ