社会政策第6回学会賞選考経過および結果報告





選考経過

 選考委員は、荒又重雄、石田光男、大塚忠、坂口正之、西成田豊の5名である。
第1回選考委員会は2000年3月24日に開催され、委員長を荒又とし、前回の選考基準を踏襲することを決めた。ついで、各委員からのノミネート、幹事会からの推薦、本人からの本部への寄贈本を含めて、これらを主として形式的要件に即して点検した結果、河西宏祐『電産型賃金の世界ーその形成と歴史的意義』(早稲田大学出版部)、遠藤公嗣『日本の人事査定』(ミネルヴァ書房)、上田修『経営合理化と労使関係−−三菱長崎造船所、1960-1965』(ミネルヴァ書房)、武川正吾『社会政策のなかの現代ー福祉国家と福祉社会』(東京大学出版会)、宮本太郎『福祉国家という戦略−−スウエーデン・モデルの政治経済学』(法律文化社)、岡伸一『欧州統合と社会保障−−労働者の国際移動と社会保障の調整』(ミネルヴァ書房)、および共著の中の野原光の論文一編(順不同)を選んだ。
 第二回選考委員会は、2000年5月6日に開催された。おおむね全員が、前回取り上げられた6冊と1編につき意見を述べる形で、選考が進んだが。野原論文は、今期以後にも単独著書の一部として浮かび上がる可能性をも考慮して除外し、6冊の作品を候補とすることを確認した。
 詳細にわたる審議の結果、学術賞を上田修会員の作品に、奨励賞を遠藤公嗣会員と宮本太郎会員(50音順)の作品にあてるのが適当であるとの、一致した結論に到達した。



授賞作品

【学術賞】

上田修『経営合理化と労使関係−−三菱長崎造船所、1960-1965』

 60年代までの日本の労使関係に関する研究と、70年代以後のそれとの断絶を埋め、団体交渉と産業別交渉を志向する流れが破れて、企業連と労使協議が主流を占めていく歴史を、三菱長崎造船所の経営と労働の動きの詳細を調べることによって明らかにした、誠に学術賞にふさわしい作品である。大型クレーン、大型ドック、溶接工法、ブロック建造法にとどまらず、ベルトコンベヤー、先行艤装、多能工化や作業長制度の導入に導く工程管理が不可避になってくる中での、経営側の決断と労働側の対応が、見事に捉えられている。日本の高度成長後半期の労使関係の発生の秘密を明らかにしたものとして、その関係の歴史的意義と限界に関心を持つ内外の研究者には必読の作品であろう。今日的問題として、成立した労使協議制度の機能の如何を問うべき、との意見があったが、すべてをこの一書に要求するのは無理であろう。

【奨励賞】

遠藤公嗣『日本の人事査定』

 戦後日本の労働問題研究では、当初、企業内訓練と年功的熟練、年功賃金が、特殊日本型のものであるとして議論された。やがて、そうした年功型が、巨大企業時代の欧米にも広く見られるものであるとの発見があり、日本の事情を欧米と直接に比較可能なものとして研究する流れが、主流を占めるようになった。この作品は、人事査定のあり方の接近観察と、日米比較によって、質の差というか歴史的段階差というものを強調している。電産型賃金の体系の中にあった能力給部分のありかたへの、労働側の主張が無い中で展開してきたそれと、職業別労働組合や職務給が生きている中で生まれ、さらに公民権法の時代に適応した米国のそれとの、違いを主張して止まない。批判の手厳しさへの違和感と、米国企業にとっての支払原資配分のありかたが見えてこないことへの不満も指摘されたが、重要な問題への切り口を提示された貢献を多とした。

【奨励賞】

宮本太郎『福祉国家という戦略ースウェーデンモデルの政治経済学』

 今日、世界経済のグローバリゼーションとともに、従前通りには維持し難くなって来ているとはいえ、1930年代に起点を置いて、戦後世界に独自性を誇示してきたスウエーデン型の福祉国家の形成と構造を、政治の世界における対立と妥協を経ながらも、独自の労使関係を背後に置いた意図的な政策的構造物として捉えている。
その意味で、この研究は、Sozial Politikとか、social reformとか言った戦前型のイメージにおける社会政策研究を彷彿とさせる好著であり、おそらく、こうした総括図は、当の北欧や西欧においても学会を裨益しうるものであると思われる。もちろん、日本の学会にとっては、日本の政策にとっての含意や、北欧における労使関係と社会福祉の関連や、ヨーロッパ共同体との関連や、知りたいことは沢山あるが、本書は、労使関係を柱にして描かれたスウエーデン福祉国家のはじめての本格的総括図であり、以後の研究への期待を膨らませるものである。

【選外候補作品】

岡伸一『欧州統合と社会保障ー労働者の国際移動と社会保障の調整』

 本作品は、今日の学会にとって不可欠な研究領域に、他に先駆けて鍬をいれ、真に尊敬に値する努力をもって複雑なヨーロッパ各国の制度のひだに分け入って、日本の学界他のために、貴重なハンドブックを提供している。しかしながら、学術研究としても部分、すなわち統合の内部における調整のあり方の理論的歴史的評価やこれの展望に関する研究の部分は、緒についたばかりであり、よって選外とした。河西宏祐『電産型賃金の世界ーその形成と歴史的意義』
 本作品は、貴重は資料発掘を含めて、戦後日本労使関係発生の場所の、いきいきとした現実像を世に提供しているものであり、学会にとって誠に貴重である。しかし、著者が言っているように、本作品は、これから予定されている一連の研究の序論の位置にあるものであって、学会としては、今後の河西会員の健闘を刮目して待つのが適当であろう。今回選外とした所以である。


武川正吾『社会政策のなかの現代ー福祉国家と福祉社会』

 本作品が自らに課している問題は二重である。一つには、ポスト福祉国家といわる時代にあって、福祉国家の要素を為していた部分が、いかなる原理の下に、いかなる構造物になるのであろうか、という大問題に答ることであり、二つには、社会政策学を名乗りながら、そのような本格的な課題を受けとめていないかに見える日本社会政策学者への、社会政策概念奪取を目指す挑戦である。率直な論戦は貴重であるが、一については、ここで独自の武川理論が生まれたとまでは言えず、二については、往年のSozial Politikの他に、本学会に流れ込んでいるindustrial democracyとか、social workとかの概念との格闘が期待されるのであり、今回は選外とした。



選考委員長 荒又重雄(文責)
選考委員  石田光男、大塚忠、坂口正之、西成田豊


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